「梅花でチアリーディングがしたい」2人の学生を核にクラブが立ち上がる

梅花チアリーディング レイダース

1992(平成4)年8月、千里体育館で行われた第1回関西チアリーディング選手権大会を見
に行った。箕面自由学園高校のチアリーディング部顧問 富田先生からの誘いがあり、足
を運ぶことになったのである。当時18歳人口が多く、大学入試も大変な時期であった。先生
は、アメリカンフットボール部の顧問でもあり、男子生徒はフットボール部のある大学へ行く
ことができるが、女子生徒はチアリーディング部のある大学が少ないので梅花にクラブを立
ち上げてほしいと言われた。

第1回の大会は参加チームも少なく、観客も少なかった。参加チームの一つに「ファイヤー
バーズ」というクラブチームがあり、その中に本学学生の一人が「先生!なぜここに見に
来たのですか」と声をかけてくれた。
クラブ作りを依頼されている旨を話すと、大学で作るなら
やってみたいと申し出てくれた。

またアメリカンフットボールが大好きであった学生に話をすると、アメリカのチアリーダーに
ついて文献で調べ、「チアリーダーはとても素晴らしい!ぜひ梅花で立ち上げたい」と手を
挙げ、こうして2人の学生を核にして立ち上がったのである。恵まれていたのは、チアの練
習方法を知る学生がいたことと、アメリカのチアリーダーについて調査して、クラブを立ち上
げる基本がしっかり出来ていたことであった。

1995(平成7)年 全国区へ卒業後チア界で活躍する学生も

初年度は部員集めに苦慮した。1992(平成4)年11月に同好会として発足し、3年生4人、2
年生1人、1年生16人という部員構成であった。1993年(平成5)年には部員を集めるため
に、運動能力が優れている、笑顔がかわいい、スタイルがよい、ユニフォームが似合う人な
どに声をかけてまわった。すべてが手探りであったが、みんな夢中になって練習とミーティ
ングに明け暮れていた。1993(平成5)年、第2回関西大会に初出場して、8位の成績を収
めた上、敢闘賞をもらった。

1994(平成6)年には、創部3年目で第3回関西大会に参加し、準優勝した。また同年、学生
選手権大会に出場し、初めて決勝に進出した。1995(平成7)年はレイダースにとって、全
国区になった年であった。西日本大会準優勝、関西大会優勝、ジャパンカップ6位、学生選
手権大会13位と素晴らしい年であった。全国大会では「追っかけ」が多く、一躍梅花の名は
全国区になった。当時の練習には様々な工夫が見られた。舞台にロングマットを掛けてベ
ースとトップのタイミングを計る練習、トランポリンを利用した練習、タンブリングの練習な
ど、とても充実していた。

梅花チアリーディング レイダース

部員一人ひとりが考え、夢中になって楽しんでいた。この頃、顧問が何のアドバイスをしなく
ても練習は進み、部員たちは自ら新しい技を創り出していた。 また、4代目キャプテンの島
崎 陽子(現姓 細見)がチアリーデイング協会に技術指導員として就職、次の年マネージャ
ーの松井 希容子も協会に就職したことも記しておきたい。創部から7年目に箕面自由学園
高校から入部者が2人あった。 この年は、西日本大会準優勝、関西大会優勝、ジャパンカ
ップ優勝と、素晴らしい活躍の1年であった。ジャパンカップ初優勝の結果、ベトナム、アメリ
カへの海外遠征も実現した。その後常に上位に位置するチームとなり、全国から梅花を目
指して入部する学生が多くなった。

年を重ねるに従って、チアリーディング人口が増加し、どの大会も参加チームが多くなっ
た。2001(平成13)年には第1回の世界選手権大会が東京で開催された。梅花からは熨斗
香里がミックスチームに選ばれ、優勝して金メダルをもらった。ちなみに、その時の国際審
判長は4代目のキャプテンの島崎 陽子であり、彼女がすべて英語で各外国審判員に指示
する姿は、日本の演技以上に感動的であった。

2003(平成15)年 レイダース チア界初の3冠を達成

2002(平成14)年、レイダースは西日本大会では3位であったが、選抜大会・学生選手権大
会は準優勝、関西大会・ジャパンカップは優勝と素晴らしい結果を残した。 1年間の結果に
よって、第2回世界選手権オールフィーメール部門のベースになるチームとして選ばれた。
2003(平成15)年3月にメンバーが決まり、選手12人、コーチ1人、マネージャー1人が選ば
れた。

メンバーも練習会場もほとんど移動することなく本学で行われ、選手もすべて関西在住であ
ったので、とても恵まれた環境であった。レイダースは西日本大会・関西大会は準優勝であ
ったが、選抜大会・ジャパンカップ・学生選手権大会すべてに優勝し、チア界初の3冠を達
成した。更に、マンチェスターで行われた第2回世界選手権でも優勝するという最高の年で
あった。

梅花チアリーディング レイダース

2004(平成16)年より、大学にチア推薦枠が設けられ、2人が入学した。
また、2003(平成15)年2月には梅花幼稚園にチアリーディングクラブが誕生した。引き続き
2004(平成16)年には梅花幼稚園卒園時の小学生クラブも立ち上がった。2005(平成17)年の
全日本選抜選手権大会は震災10年記念大会として、初めて東京を離れて神戸で開催されることが
決定した。この機会に中・高にクラブを立ち上げることにより、梅花は幼・小・中・高・大を通
してチアリーディングを全国に御披露目したいと考え、理事会に働きかけて承認され、
2004(平成16)年11月末から大学卒業生のコーチをつけて練習が開催された。

2005(平成17)年5月、神戸での全日本選抜選手権大会ではすべてエントリーすることが出
来た。同年11月には第3回世界選手権大会が東京で開催され、卒業生も含めた7人が選ばれて、
ミックスチームで出場した。

成績はチャイニーズ台北に次いで準優勝であった。学園のサポートもあり、練習環境にも
配慮を得て順調に成果を上げた。またこの年にはチアリーディング後援会が発足した。ミ
ニ・キッズ・ジュニア(中学)・BGS(高校)・BWU(大学・短大)・ファンキー(社会人)と同窓会
を含めて立ち上がり、応援を始め様々なサポートを行っている。

梅花チアリーディング レイダース

2006(平成18)年北海道での選抜選手権大会は大学・高校とも散々であった。高校は初め
ての遠征であり、リハーサル中のアクシデントのため決勝進出出来なかった。大学はミスの
連続で6位に終わった。しかし、6月の関西大会では、大学3位、高校11位、中学21位で、高
校は見事ジャパンカップへの出場権を得た。8月に行われたジャパンカップでは中学部門
が始めて設けられ、その第1回目に見事梅花中学は優勝した。素晴らしい演技であった。
高校も箕面自由学園高校に次いで準優勝、大学もDIV2・DIV1とも準優勝、パートナースタ
ンツ部門優勝・準優勝と、全国に梅花旋風を起こすことが出来た。

2006(平成18)年9月23日、豊中市民会館大ホールにおいて、梅花女子大学・梅花女子短
期大学部創部15周年記念公演会を、梅花学園創立130周年プレフェスティバルとして開催
することができた。当日は1部に、年中・年長のミニレイダース、小学1年生の2期・小学2年
~4年生の1期キッズレイダース、中学ジュニアレイダース、BGSレイダース、BWUレイダー
スが出演。2部は中学・高校・大学に加えてOG・社会人チームのファンキーレイダース、友
情出演の箕面自由学園高校、ビューティベアーズ、梅花高校吹奏楽部の協力を得て、素晴
らしい記念公演会になった。記念アルバム・記念DVDも販売された。 2007(平成19)年2月
17・18日の両日、第5回全日本クラブチーム・第17回全日本高等学校チアリーディング選
手権大会が千葉ポートアリーナで行われ、ファンキーレイダースは20チーム中5位、高校レ
イダースは44チーム中3位と健闘した。

梅花チアリーディング レイダース

また、4月21・22日の両日、第1回チアリーディングアジアインターナショナルオープンチャン
ピオンシップが国立代々木競技場第2体育館で行われた。チャイニーズ台北・ロシア・フィリ
ピン・マレーシア・シンガポール・インドネシアが参加。ファンキーレイダース、大学レイダー
スA・Bが出場し、大学レイダースAは総合3位であった。