合わせ鏡を夜の二時頃にすると、自分の死に顔が見える。
俺は興味半分で、幼い頃それをした。何重にも写る俺の姿と白い壁が映る。噂によると九個めの俺が死に顔らしい。そこを見ると・・・。
「・・・あれ・・・?」
 合わせ鏡をしてから数十年がたっていて、俺はその時の事を思い出していたのだが、九個めの俺を見たところまで覚えているのだが・・・、どんな顔だったか、きれいさっぱり覚えていない。
確かに見たはずなのだが・・・。
よくよく考えてみると、幼かったはずなのに、よくそんな事ができたものだ。
 人ごみを歩きながら思う。皆忙しそうに俺をすりぬけるように歩いていく。自分の時間だけ止まっているような馬鹿げたような気分にもなってくる。
「ニィー、ニィー」
 そんな気分をはらってくれるかのように猫が足にすり寄って来た。大きな瞳で俺を見てくる猫に、俺はしゃがみ込み、頭をなでてやる。猫は不思議そうな顔をしてすり抜けるよう走って行った。
「・・・なんで不思議そうな顔してんだ?」
 髪をかき上げ、空を見る。快晴とも言える青空の下、道路には人ごみと同じように黒い影が一人一人について行くように歩いていた。
「・・・影ねえ・・・」
 俺はぼうっとしながら自分の下にあるはずの影を見た。人ごみで見えなかったが、何だかなかったような気がする。
「太陽が出てるはずなのにな。・・・あ、すみません」
 上を見上げていたが為、俺は人にぶつかってしまって思わず謝る。だが、その人は何もなかったかのように歩いていってしまった。
「最近の人は・・・人が謝っても何の対応もしねーしよ・・・」
 独り言を言いつつ、俺は歩く。でも、誰も俺を気にする人はなかった。
「でも、何でこれしか覚えてねーんだろ」
 合わせ鏡の事位しか覚えていない俺は数十年間どうやって生きてきたんだろうと思う。人と関わり合いももってないと思うし、友達もいたはずなのに、数十年前から会ってないし・・・。ため息をつきつつ、ふっと思い出す。
「そう言えば、・・・俺、ここから全然移動してねーよな・・・」
 俺は気付いていなかった。
ここから移動しなかったんじゃなくて、できなかったってことに・・・。