加藤康子さんのブログ
小旅行 2007年11月27日(火)
仕事で、外回りをしました。4カ所への出張を何とか一日で回りたいと、インターネットで道順を探し、地図を片手に歩き回りました。
土地勘がないために、住所の地名を探し探し、ちょっと不安になりながら出かけたのですが、調べたとおりに歩けたり、それ以外のことに気づいたり、小さな発見がたくさんありました。
それぞれの土地に実際に立ってみると、地図ではわからなかったことにも気づきます。行き交う人々の雰囲気や、景色は興味深いものでした。晩秋の紅葉や陽の光も嬉しいものでした。幸いによい天気だったので、よい小旅行となりました。途中で乗り越してしまったり、道がわからず失敗もありましたが、何とか予定をこなせたのもほっとしました。
記録として道順を書いておきます。
茨木→新大阪→姫路→網干→出張先→網干→明石→山陽明石→高速長田→出張先→高速長田→西宮北口→塚口→出張先→塚口→十三→淡路→天下茶屋→中百舌鳥→泉ヶ丘→出張先→東中学校前→深井→新今宮→大阪→茨木
関西を歩き回っていると、実際の景色とは異なる風景の楽しさもたくさんあります。
たとえば「天下茶屋」の地名には、感激します。かつて、天下茶屋の敵討ちの豆本について調べたことがあります。演劇として有名な敵討ちを絵本にした、幕末の小さな本を古本屋で購入し、くずし字を読んで、その背景を調べたことを、天下茶屋の地名から思い出します。すると、現代の風景に時代劇が重なってくるのです。
文化が幾重にも重なり合っている関西には、目に見えないいくつもの風景が、どこへ行ってもあります。それも小旅行の楽しみです。
幕末の豆本『天下茶屋仇討』の表紙
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秋は食べ物もおいしいですが、催し物も魅力的です。あちこちで見たいものがいっぱい。どれもこれも行くわけに行かず、残念の思いが重なりますが、少しでも見られればいいですね。
昨日は、「キンダーブックの80年 表紙にみる時代のうつりかわり」の最終日でしたが、行くことができず、残念でした。この展覧会のチラシはなかなか魅力的ですが、下記のアドレスで見ることができます。
http://www.printing-museum.org/exhibition/pp/070904/index.html
展示の解説によれば、「キンダーブック」は、昭和2(1927)年に、日本で初めて月刊の保育絵本として刊行され、今年創刊80年を迎えたそうです。大正3(1914)年に創刊された「子供之友」、大正11(1922)年に創刊の「コドモノクニ」に続いて出版された本誌は、科学的視点をふんだんに取り入れていて「観察絵本」とも呼ばれたそうです。
「キンダーブック」は幼稚園教育における絵本の役割を明確にしたと言われ、、現在の保育絵本の先鞭と考えられています。
創刊には、日本の幼児教育の父とよばれる倉橋惣三が編集に携わり、後には、北原白秋、西條八十などのほか、画家や童謡詩人も制作に加わって、当代の一流の文化人たちが協力して作り上げてきたとのことです。
現在でもその方針を引継いで、著名な絵本作家をはじめとする作者たちが力を込めて作っています。
私も幼稚園の時「キンダーブック」を読んでいた記憶があります。
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絵本作り 2007年10月21日(日)
ゼミで、ゼミとは3年生と4年生の演習の授業のことですが、絵本制作を目指してがんばっている人たちの話を聞く機会が増えてきました。昨年は、小梅祭で制作した絵本や雑貨を展示し販売するお店を出したグループもいました。お店のオブジェも全部手作りで、すてきなお店でした。絵本制作を志す人たちのセンスや発想にはいつも驚かされます。
それでも、話を聞き、見ているだけでは、なかなかわからないことがあります。先日のスズキコージ先生のワークショップで、つい私も参加してしまいましたが、参加者の学生の皆さんのセンスと発想、根気とエネルギーを身近に感じ、すごいと思いました。
先日、ひょんなことからささやかな絵本を作ってみて、ますますその感を強くしました。ゼミの皆さんに恥ずかしながら見せたところ、おもしろがってくれて、ちょっと嬉しくなりました。ものをつくることの喜びも難しさも感じ、絵本制作を志す学生たちの気持ちに少し触れたように思いました。
私は、近代以前日本児童文学が専門ですが、その中で馴染んでいる和綴じの豆本をイメージしながら作ってみました。すごく恥ずかしいのですが、3作品の表紙を並べてみます。 絵本制作は全く素人ですが、児童文学科にいると、絵本制作を志す人々のパワーを感じ、刺激を受けて、ものをつくることに関心を持つようになりました。
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曼珠沙華 2007年10月16日(火)
大学の正門前から道はだらだらと下っていきますが、その両側は田んぼです。ちょうど稲穂が重そうに垂れ下がり、稲刈りが始まっています。だいぶ刈り取られた田が多くなってきています。あぜ道に咲いていた曼珠沙華も、燃えるような色が褪せて、視界から消えていくように印象が薄くなっています。
まだ、鮮やかだった頃に写真を撮ってみました。その色の鮮やかさと、色のイメージにぴったりの燃え上がるような姿に、心惹かれる人は少なくないようです。摘み取って持ち帰り、葬式花は縁起が悪いと怒られた人が結構いるようです。彼岸花といい、曼珠沙華という名前からもそれはわかるのですが、ついつい心惹かれるものがあることも確かです。
新美南吉の世界にも欠かせないこの花は、毎年同じように咲くわけではないようです。以前、文学散歩で、南吉の故郷、半田市に行ったとき、例年とは違って咲いていないと言われ、その群生を見られなかったことにがっかりしたことがありました。
今年は、宿久庄のあぜ道にはあちこちに赤い色が並びました。
スクールバスから見えたあぜ道の曼珠沙華
キャンパス内で咲いていた曼珠沙華
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テレビを見ていたら、カルガモの親子が出てくるCMに出会いました。飛んできたボールを親ガモがはじき飛ばして子ガモを守るというものです。CGを使っていますが、実写のように見えて、親ガモはくちばしでボールの方向を変えています。
それを見ていた家人が、思い出したようにカルガモのえさやりの話をしました。前にも聞いていたのですが、実写のようなCMを見たところでしたので、目の前で見たようにおもしろく感じました。
家人が関わっているある学校では、毎年春先になると校舎の中庭の池にカルガモの夫婦がやってきて、卵を産んで雛をかえすのだそうです。その夫婦は、雌はいつも同じらしいのですが、雄は毎年違っていてだんだん若くなるらしいのです。それだけでもびっくりする話ですが、その子ガモたちが同じ池に棲んでいる鯉に自分たちが食べて余ったえさをやるのだそうです。
カルガモたちやその他の動物を世話している助手の方が詳しく見ておられ、家人はその方から聞いていたとのことですが、ある時、実際に見たのだそうです。
カルガモのためにたっぷり与えられたえさを親子のカルガモが食べて、お腹がくちくなると、子ガモがくちばしでえさを池の中に落とすのですが、そこには鯉たちが集まっているというのです。カルガモたちにえさをやると、鯉たちが寄ってきて、その方に食べ終わった子ガモがえさをやる場面に、家人は遭遇し、目を疑ったと言っていました。
家人はいつも変な場面に遭遇します。夕方、雨がそぼ降る道を帰ってきたら、猫の親子がずらっと並んで雨宿りをしていたというのです。両脇に父親と母親とおぼしき猫がいて、その間に四匹の子猫がいて、それぞれどちらかの親と同じ模様だと聞きました。明らかに猫の一家なのだと確信できたと聞き、私も見たいと思って、その場所に何度も行き、猫の親子とは確かに会ったのですが、雨宿りの一家の列を見ることはできませんでした。
なぜ、体が大きく怖い感じの家人だけが、そんなおもしろい場面に出会えるのか、不思議なことです。うらやましい限りです。
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今夏には新しい試みもありました。日本文化創造学科と児童文学科では、近畿以外の方々にも梅花女子大学の文化表現学部を知ってもらうために、学外オープン授業を、金沢、高松、和歌山で開催しました。
初回の金沢は9月8日でした。初回なので、お手伝いに行きました。金沢にはだいぶ前に一度講演に行ったとがあります。その時は冬で、どんよりと垂れ込めた空の下、絶えず細かい雪が降っているところへ、東京から飛行機で日帰りをした記憶があります。さすがになんとなくふらふらとした感じがしました。
今回は、前日の夜に茨木から金沢へ行き、一晩泊まりました。この夏はビジネスホテルに泊まることが多く、この日も町中のビジネスホテルでした。
翌朝は、会場の生涯学習センターまで、歩いていきましたが、途中には図書館や美術館などの公共の文化施設がたくさんありました。それぞれゆっくり見たいところでしたが、時間がなく前を通り過ぎただけでしたが、是非また来たいと思いました。
会場は、県庁の隣りでしたが、県庁は金沢駅の反対側に移動したそうで、煉瓦造りの古い建物を壊している最中でした。その様子が見える部屋で、準備を始めました。同じフロアーでは、生涯学習の催し物、石川県のコンソーシアムの講座などが熱心に行われていました。
初めての試みの準備、お手伝いをお願いしたMさんと共に会場整備、受付準備などをしていると、講師の先生方が到着し、少しずつ参加者も集まってこられました。
木村正明先生は「唱歌の文化史」 。唱歌の歌詞を読み進めてみると、そこに文学的、歴史的、文化的にいろいろなことが見えてくることについてのお話だったようです。残念ながら、次の会場準備に追われ、お話を聞くことができなかったのですが、聞き終わられた方々からは、よいお話だった、充実していたという感想をいただきました。
香曽我部秀幸先生は「絵本ー世代をつなぐ文化財ー」。副題の意味は、お話の最後まで聞いてよくわかりました。パワーポイントを使って、いろいろな絵本を大きく見せながら、絵本も読み語ってもらい、楽しい時間でした。どうして絵本の魅力を感じ、そのテーマに集約していったのか、経験に基づいた具体的なお話はとても身近でした。そして、親が子ども時代に楽しんだ絵本を、その子どもが同じように楽しむことが、世代をつなぐことであり、その価値をもっている文化財である、という絵本の魅力がよくわかりました。私は、特に美術的な絵の解説が新鮮でした。
地元の方で、テーマに関心を持ってくださった方だけでなく、在校生のご実家のご家族、卒業生も来てくださった今回の学外オープン授業は、まだまだ始めたばかりの企画でしたが、いただいた感想には、内容の充実を喜んでくださったものが多く、有り難いことでした。和歌山会場の様子は、朝日新聞の和歌山版に記事となり、広く関心も持っていただけたことに嬉しく思いました。
高松では、9月15日(土)に、久保田修先生の「小説事始め」、鵜野祐介先生の「桃太郎伝説の誕生-香川・岡山どちらが本家?-」でした。和歌山では、9月22日(土)に、三木雅博先生の「南方熊楠とシンデレラ物語-最古のシンデレラは中国にいた-」、私の「江戸時代の子ども絵本の世界」でした。
Mさんが撮ってくださった写真が届きました。取りあえず、恥ずかしながら私の写真をご紹介します。ご了解が得られれば、他の講演の様子もご紹介したいと思います。
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久々です 2007年10月02日(火)
夏はようやく終わりに近づいたのでしょうか。涼しい風が心地良い日でした。ブログを書くのは、久しぶりです。「塵も積もれば山になる」、「継続は力なり」とは、まったく反対となりました。どう書き込めばいいのか、どう画像を入れればいいのか戸惑っているところです。
この夏は暑かった。ともかく暑かった。それにも関わらず、出不精の私にしてはずいぶんあちこちに行きました。そのお蔭でいい経験もさせてもらいました。
今回は、奈良のお話。
今夏には3回奈良に行き、奈良子どもの本連絡会の35周年記念講演会として、「江戸期子ども絵本の豊かな世界」という題でお話をさせてもらいました。1回目は「昔話の絵本」、2回目は「奇想天外な絵本」、3回目は「大人と子どもをつなぐ絵本」でした。
いずれも熱心な奈良子どもの本連絡会の方々が、私の拙い話をよく聞いてくださいました。1回目と3回目はならまちセンター、2回目は大和郡山市立図書館集会室が会場でしたが、どちらもすてきな場所でした。
講演のあと、近くを案内してくださり、それぞれの回に見学をさせてくださいました。お役に立ちに行ったというより、私が楽しませていただいてしまいました。
古都奈良は、自然が豊かで、ゆったりとしている土地に、深く文化が染みわたっている感じがしました。人々もその奈良を大切にし、その長い歴史と幾重にも重なり合った文化と共に生活をしておられることが、まぶしく感じられました。
35周年を迎える文庫活動をしておられる方々が、子どもたちに心を寄せ、自らも楽しみながら、志をもって活動を続けておられることに心打たれました。
京都とも大阪とも違う奈良を肌で感じることのできた、貴重な経験でした。
恥ずかしい限りですが、2回目の様子を、桝田充男さんに撮っていただいた写真でご紹介します。
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書くこと 2007年06月15日(金)
毎日、もしくは日数だけは書き続けて1年余。5月24日以来お休みしていたブログに、ようやく触れることができました。あっという間の3週間でした。この間にいろいろありましたが、そのことについては、またお話しするときも来るかもしれません。
書きたいこと、書かなければならないこと、書かずにはいられないこと、書けないこと、いろいろが渦巻いていますが、「書く」ことは、魅力的だと思います。
昔、夜中には手紙を書いてはいけないと聞きました。夜中は思いがふくらんでいってしまい、高揚するので、正しく自分の思いを表現できないというのです。確かにそういう傾向はあります。
でも、夜ばかりでなく、「書くこと」が自分の中で、客観的にはっきりしていないと、書けない、書いてもまとまらない、書いてみても結局何だかわからない、ということになります。思いや考えをわかりやすく他の人に伝えることは、とても難しい。論理的に述べていくのも難しいし、情感を伝えるのも至難の業です。
でも、「書く」ことは、伝えきれなくても、表現の中では、力のある方法のように思います。だから、「書く」ことに惹かれ、書きたくなるのかもしれません。
本当のところは、言葉にはならず、書くことはできないのかもしれないけれど、それでも「書く」ことは伝える可能性を持っているのではないかと思います。
また、少しずつ書いてみたいと思います。
投稿時間 21:53 | コメント(242) | トラックバック(0)
息子が大学に入学するとき、入学式に行って、副学長の先生の言葉を聞きました。その中に、家を離れて暮らす人は家族に月に一回は連絡をしなさいよ、ということばがありました。家族も安心せずに連絡を取って下さいと言われました。
何とか一人暮らしができそうだと思われるようになると、お互いに連絡の頻度は減っていきましたが、週に一度はメールをしていました。でも非常に簡単なメールだけで、無事を確認するくらい。
何か事件のニュースが流れると、うちの子はどうかなと思い、メールをしてみました。返事がすぐ返ってくればいいのですが、なかなか返ってこないと急に心配になります。ともかく返信だけはせよと何度も言って、今はほぼすぐに返ってくるようになりましたが、内容はあいかわらず、素っ気ありません。
今日も「はしか大丈夫?」と聞いてみました。「はしか?かかってないよ」「やったよね」「知らん」。そりゃそうかも。小さいときのことなんだから、私が「やったよ」と言ってやるべきでした。でも、返事が欲しい方が先でした。
一人暮らしの皆さん、お家に連絡をして下さいね。簡単でもいいから、返事してあげて下さい。
投稿時間 23:59 | コメント(0) | トラックバック(0)
Bーぐる 2007年05月13日(日)
各地で観光のために町中を巡回する小さなバスを運行するようになってきました。洒落たデザインの小型のバスが使われていることが多く、京都や姫路ではレトロ調のバスで、楽しくなります。
先月末から実家の近くでも、こうした類のバス運行が始まりました。東京都文京区が運営しているので、「Bーぐる」と命名され、文京区コミュニティバスと呼ばれています。100円で、1時間余を巡回します。全部で32のバス停があります。既設の都営バスやいくつかの地下鉄、JRとつかず離れず、間を縫うように回るので、日常生活の中でも便利に使えます。ステップが低く乗り降りも楽です。15名ほどの席とつり革・つかみ棒で約25名ほどでいっぱいになってしまう小型バスです。キャラクターはビーグル犬の「びい君」です。
文京区には「歴史と文化が薫る文の京(ふみのみやこ)」というキャッチフレーズが以前から使われていて、ちょっとした観光スポットがあります。「Bーぐるマップ」を片手に車窓から眺めていくのも楽しいもの。先日、一巡りしてみました。
家の近くのクイーンズ伊勢丹というスーパの前から乗車。近くには柳町小学校。白山通りを北上して、指ケ谷小学校近くを通り、白山神社、東洋大学近くを通過します。この近くには八百屋お七の墓もあります。東洋大学は新校舎がそびえ立ち、最上階には一般の人々も利用できる洒落たレストランがあるとか。向丘高校、郁文館中・高校、日本医科大学などを巡っていきます。この近くには夏目漱石の旧居跡もあります。道路の反対側には根津神社があります。時代劇ドラマのロケによく使われるところです。文豪の町、千駄木を過ぎ、団子坂下を通り、森鴎外が住んでいた観潮楼跡に建てられている本郷図書館を通過します。ここには、鴎外記念室があり、鴎外ゆかりの品々が展示されています。
このBーぐるバスは病院や老人ホームに通う人にも便利です。特別養護老人ホーム千駄木の郷では、玄関前まで乗り入れます。
旧安田楠雄邸、高村光太郎旧居跡、文林中学校、千駄木小学校、ファーブル昆虫館(虫の詩人の館)、動坂遺跡、駒込病院、天祖神社、駒込名主屋敷、富士神社、昭和小学校、東洋文庫そして六義園と回り、JR駒込駅にも近づきます。東洋文庫は中国などのアジア圏の書籍が豊富ですが、江戸時代の絵入り本を多く集めた岩崎文庫を所蔵していて、何度も閲覧させていただいたところです。
バスは六義園を周回して小石川高校、駕籠町小学校、特別養護老人ホーム白山の郷、京華女子中・高校、京華中・高校などが並ぶ白山通りにもどってきます。東洋大学の反対側の入口前も通ります。東洋大学井上円了記念博物館にはここからも行けるようです。反対側に少し入れば、小石川植物園です。赤ひげの小石川養生所があったところです。
文京区は学校が多く、ぐるりと回る中に小学校、中学校、高校、大学がかなりあります。また文豪が多く住んだ町で、旧居跡やゆかりの地があちこちにあります。いろいろな文学作品の舞台も少なくありません。それらに思いを馳せれば、見えている景色以上に楽しむことができます。
樋口一葉終焉の地を通り、源覚寺、礫川浮世絵美術館、礫川公園、そして文京シビックセンター。源覚寺は目の病気に効くと言われるえんま様が祀られ、こんにゃくを供える習慣があるので「こんにゃくえんま」と呼ばれています。礫川浮世絵美術館は個人の浮世絵コレクションを見せてくれる美術館です。文京シビックセンターはそびえ立つビルの上に展望台があり、シビックホールもありますが、区役所です。礫川公園には戦没者を祀る碑やその遺品の展示館もあります。このあたりは春日局のゆかりの地で、その像も建っています。
中央大学理工学部や附属高校、柔道の講道館、文京ふるさと歴史館、東京ドーム・温泉施設ラクーア・後楽園遊園地・東京ドームホテル、小石川後楽園などが隣接していて、そこをバスは巡っていきます。JRの水道橋、飯田橋、地下鉄の後楽園、春日などの駅にも近いところです。
区役所前で、バスを乗り継ぎ、出発点のクイーンズ伊勢丹クイーンズ伊勢丹前にもどってきました。
このBーぐるバスが回るあたりは、私にとって結婚後住んでいる家の近くというだけでなく、中学校から高校、大学の頃にもそれぞれ馴染みのあった土地で、個人的な思い出も楽しめるコースです。100円とは安い小旅行でした。
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