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加藤康子さんのブログ

事故 2006年07月31日(月)

 夏休みに入り、梅雨も明け、8月も目前。授業から離れ、さまざまな可能性に挑戦する期間に入りました。ところが、各地で水害、交通事故、プール事故、などなど思いも掛けない事故があいついでいます。大切な命が傷つけられ、失われているのです。特に子どもの事故は痛ましく、そこに関わった人々の気持ちを思うと胸が痛くなります。
 これまで、一般の報道以外にも、身近なところでさまざまな事故のことを聞いたことがあります。ささいな事故もとんでもない事故も一瞬の隙、わずかな心のゆるみから生じることがあります。石橋を叩いていても何かが起きてしまうことがあります。この先に何が起きるか想像し、先に先に手を打つようにしなければならないと考えているのですが、私自身の身のまわりでも事故が起きています。
 
 息子は小学生の低学年の時、学童保育の時間に、校庭のとなりの公園で友だちと遊んでいて、塀によじ登り、降りるときに滑って剪定したばかりの植木の上に落ちました。ここに書くだけでもぞっとするので、詳細は省きますが、太股に怪我をしました。連絡を受けて、勤務先から病院に駆けつけたとき、お医者さんは治療室に入れてくれませんでした。その後も傷の手当てをするとき、私は外で待たされました。気を失うとでも、騒がれるとでも思われたのでしょうか。数日は休んで、子どもは回復が早いのか、また元の生活に戻りましたが、結局まともには傷口を見せてもらえませんでした。半年後、息子がお腹が痛いと言い出して、さんざん調べた後、もしかしてと、小児外科のベテラン先生が息子の腹部にわずかにメスを当てたところ、細かな枝の粉が出てきました。体が寄せ集めていたのです。このときも治療室には入れてもらえませんでした。実にうまい先生で、その後息子はすぐに元気になりました。でも、消毒をしてくれた何人目かの先生が、息子に言っていました。「気を付けなきゃいけないよ。死ぬところだよ。」

 向田邦子氏の「大根の月」は、一瞬の隙をついて起きた事故がもとですれ違っていく家族の話ですが、衝撃的な事故を読んでいるだけで体が痛くなってきます。なぜこの事故を防げなかったのか、自分のことではないのに悔やまれて仕方がありません。
 何とか事故を引き起こさないように、事故にまきこまれないように、夏を過ごしたいものです。

夕刊 その2 2006年07月30日(日)

 読売新聞(7.29 大阪)。
 「ひと人抄」に紹介されていた「絵と文献で歴史読み解く」に納得しました。紹介されているのは、京都国立博物館学芸課に23年勤められ、文化庁を経て今年4月から帝塚山大学教授になられた下坂守氏です。「絵画も文献も『何度も見ていると、ある時はっと気づくことがある』という。単に絵を観察するだけで想像を交えて語ることには批判的だ。『しつこいくらいに文献をきちんと読みこなしてこそ、絵で歴史を再確認できる』と力を込める。」この件(くだり)には、なかなかできないことと思いつつも、深くうなづけるものがありました。

 朝日新聞(7.29 大阪)。
 文化欄に青木奈緒氏が「新生活、出逢いと別れと」という文章を書いていました。まもなく結婚されるとのこと。相手の方の引っ越しを手伝いに行かれたときのことが書かれています。この方は、幸田露伴、幸田文、青木玉に続く4代目の作家で、若くして『ハリネズミの道』『動くとき、動くもの』などのみずみずしく達者な感性と表現で登場した作家です。以前、テレビでその話を聞いたとき、若い感性を持ちながらも、文氏や玉氏と通じる独特のしゃべり方を身に付けておられる姿に、現代離れした特異な作家の印象が残りました。失礼ながら、奈緒氏のそれは玉氏の方が自然だし、文氏の方がもっと力強いと、無いものねだりをして、見過ごしてしまいました。
 ところが、この記事を読み進める内に、これはやはりただ者ではないと座り直しました。結婚に至る過程はよく分かりませんが、恐らく一人の人間としての高揚する期間があったものと思われました。「今の世にいくつで結婚しようと自由だが、私自身あと二匹猫を相手に暮らせば一生は終わると思っていた歳だけに、人生のどんでん返し、ジェットコースター並みの急展開は当人にとっても大きな驚き。ここまで息つく暇もなかった。」という件が、いろいろなことを想像させます。前には、何かふわふわとしていた頼りなさが、自分で歩いているような力強さを感じさせるものに変化し、おやおやと注目させます。
 ガラス戸を両側から磨く二人の様子、引っ越し屋の手際よい作業の中で手持ち無沙汰の微妙な気持ち、年配女性の管理人とのやりとり、これらが簡潔に、でも微妙な揺れを感じさせながら表現されていきます。私の勝手な感じ方ですが、玉氏よりも文氏の確かながら揺れて読者の心をつかむ文体を彷彿とさせます。「縁でこそあれ末かけて」という邦楽の新内節の一節をあげて、二度とないであろう出逢いと別れの繰り返しが広がり始めた自分の人生にあることを胸に刻むところで文章は終わりました。
 結婚という新しい展開と共に、作家としての精進が、確実に力強い文体を提示しているように思いました。今後も気にしていきたい作家の一人だと、玉氏によく似た細面の顔写真を見ながら感じたのでした。

夕刊 その1 2006年07月29日(土)

 今日は前期の授業終了日でした。明日、出張があるので、夕方に東京へ向かいました。茨木駅で奮発して夕刊を3紙買って読みます。目にとまった記事を少し。

 毎日新聞。「三枝の楽屋へ いらっしゃ?い!」隔週土曜日に掲載の記事で、今回は「喜びと悔しさと」。
 7月17日に行われた大銀座落語祭のフィナーレ「桂三枝トリビュート」の喜びと悔しさを三枝師匠自身が書いているものです。今年で3回目の大銀座落語祭。春風亭小朝師プロデュースの企画です。落語の書き手としても知られている三枝師ですが、その作品をいろいろな落語家が演じる企画が「桂三枝トリビュート」。柳家花緑師「君よモーツァルトを聴け」、立川志の輔師「生まれ変わり」、笑福亭鶴瓶師「悲しみをありがとう」、春風亭昇太師「鯛」、桂三枝師「アメリカ人が家にやってきた」のラインナップだったそうです。石川県白山市の落語会を終えて、小松空港から羽田に向かってはらはらしながらも志の輔師から間に合ったというエピソードを含めながら、自作が手を離れて立派に独り立ちする喜び、自分の手から離れても大きな笑いが生まれる悔しさ、この相反する思いが絡み合う複雑な心境を正直に述べています。「でも大半は自分の作り出した作品が人から人へと伝えられ古典となる予感を感じる、感動、感涙の夜でした。小朝師とそれぞれの演者とお客様に感謝です。」と締めくくられていました。
 「新婚さん、いらっしゃい!」で広く知られている三枝師の自作の創作落語を、昨年の大銀座落語祭のライブで聞きました。私たちの身のまわりによく見られる現実世界が、落語世界に無理なく展開し、よくこなれた話に仕上がっていて、安心しして笑えるところが現代の古典と思えました。ともかくおもしろくて、三枝師の落語作家としての並々ならぬ力を感じました。しかも、多くの落語家が三枝師作の新作に挑戦し、それぞれの味わいで見事に演じていることにも気が付きました。小朝師は特に生き生きと演じてしまうのです。爆笑の連続でした。
 具体的な話の内容がわからないと感じがつかめませんね。この記事に出ていた演目は聞いたことがないのですが、他の話をいくつかライブやビデオで見聞きしたことがあります。三枝師のホームページ(http://www.e-sanshi.net/)には、創作落語のリストが載っています。それを紹介させていただくと、以下のように168作品もあるのです。題だけでは確かではありませんが、話を聞けばあっと思うものもあるのではないでしょうか。

桂三枝の創作落語全リスト(番号、 タイトル、 制作年月、平成18年2月現在)
1 アイスクリン屋 S39.7
2 恋の代役 39.7
3 アルバイト怪談 40.8
4 コマーシャル・タレント入門 43.9
5 音楽風呂 43.10
6 寒稽古 43.10
7 ミュージカル・ドクター 43.11
8 Ah!熱戦甲子園 47.7
9 幽霊アパート 47.8
10 深夜タクシー 47.9
11 最終電車 47.12
12 教育狂騒曲 49.6
13 ビアガーデンはアレやコレやDE泡だらけ 49.8
14 なぞなぞタクシー 50.5
15 ホステス改造論 50.6
16 失恋ロードショウ 50.9
17 新婚アマアマ時代 51.4
18 待合せ 51.6
19 にぎやか寿司 53.9
20 幽霊タクシー 53.11
21 ブルーな日々 54.7
22 生中継・源平 55.6
23 現代テレビ事情「窓」 55.12
24 仁義なき校争 56.3
25 新世界 56.5
26 ご対面は涙、涙のポタージュスープ 56.7
27 セクシーピン句 56.8
28 大相撲復活の日 56.10
29 またも華々しき華燭の典 56.11
30 作文 57.1
31 夢・まぼろし 57.3
32 ケンタッキー・ブライドチキン 57.5
33 何考えとんねん 57.5
34 真心サービスおじんタクシー 57.9
35 HOW TO プレイボーイ 57.9
36 ゴルフ夜明け前 57.11
37 蒸発 57.11
38 熱援時代 57.12
39 効果音の効果は効果的だったかどうか 58.3
40 医ー家族 58.5
41 恐怖の怪談社 58.7
42 イキイキため息 58.8
43 エレクトロニクス・ハウジング 58.11
44 お忘れもの承り所 58.12
45 仲良くやろう雀 59.1
46 花ぐもり─青春忠臣蔵三平篇 59.3
47 お父さんがビデオカメラを買った日 59.6
48 結婚のノススメ 59.9
49 救急結婚相談所 59.11
50 父よあなたは辛かった 59.12
51 鏡 60.1
52 めざめよ芸術に 60.2
53 自白 60.3
54 君よモーツアルトを聴け 60.5
55 奈良の大仏さん 60.6
56 スキヤキ 60.9
57 あした元気になあれ 60.12
58 焼酎はいらんかねぇ 60.12
59 ワニ 61.1
60 嗚呼、懐かしの歌がよみがへる 61.5
61 遊びじゃないのよ父さんは 61.6
62 ソ、ソラ、空、空、空恐ろしい! 61.6
63 供養供養しましょう 61.8
64 大阪レジスタンス 61.10
65 こんな生き方老齢化(小佐田定雄 脚色) 61.12
66 烏(からす) 62.1
67 くもんもん式学習塾 62.3
68 タケやん、あれがパリの灯だ 62.5
69 ブルースが友達 62.8
70 ダンシング・ドクター(小佐田定雄 脚色) 62.12
71 若年寄天下御免 63.5
72 穴バーにて 63.11
73 アメリカ人が家にやって来た(小佐田定雄 脚色) 63.12
74 一杯のかけそば(栗良平原作/小佐田定雄 脚色) H1.8
75 涙をこらえてカラオケを 1.12
76 鯛 2.6
77 世代 2.8
78 主夫と生活 2.10
79 野茂英雄物語─平成巌流島の決投 2.12
80 僕達ヒローキッズ 2.12
81 オグリキャップ物語─風の音が聞こえる 2.12
82 蛍 3.6
83 欠席なんてもったいない、楽しい僕らのハイスクール 3.12
84 大相撲夢甚句 4.3
85 お母さんといっしょ 4.12
86 悲しみよありがとう 5.4
87 真珠王御木本幸吉伝─夢 いちもんめ 5.7
88 言葉は忘却のかなたへ 5.7
89 コテコテ劇場『男の花道』 5.10
90 STUDYしまっせ大阪弁 5.12
91 花嫁御寮 6.1
92 桃太郎で眠れなかった子供のために 6.4
93 コテベタ大阪弁講座 6.6
94 行員ヤンママの如し 6.12
95 別れても・・・ 7.3
96 神様の御臨終(逢坂まひょ 原作) 7.6
97 立候補(逢坂まひょ 脚色) 7.7
98 青い瞳をした会長さん(逢坂まひょ 脚色) 7.12
99 やっさん霊界を行く 8.2
100 オムニバス女子高生(逢坂まひょ/儀賀保秀 脚色) 8.5
101 湯けむりが目にしみる 8.5
102 憧れのカントリーライフ(逢坂まひょ 脚色) 8.12
103 暖簾 9.5
104 大きい小さい(筵井正弘 原作) 9.8
105 平成CHIKAMATSU心中物語 9.9
106 シルバー ウエディングベル 9.12
107 笑説―宮本武蔵 10.1
108 ぼやき酒屋 10.5
109 お湯かけ女房(木下文雄 原作) 10.8
110 怪談―北病棟31号室 10.8
111 ギャンブラー 10.12
112 火消防署民営化計画─め組火消しカンパニー 10.12
113 失業リストラン 11.5
114 人情ラーメン─夢家(永田俊也 原作) 11.7
115 お祭り 代官行列 11.10
116 悲しい犬やねん 11.11
117 ロボ・G  11.12
118 川柳家族 12.1
119 あぶない理髪師 12.1
120 念ずれば花開く 12.1
121 マナーを守れ 12.1
122 納得いかん 12.1
123 おーいキャディさ?ん 12.8
124 考える豚 12.12
125 よしもと花の月旅行 12.12
126 日本一のコシヒカリ 13.1
127 娘の相手 13.3
128 花見でいっぱい 13.4
129 ヘラクレスの心 13.5
130 夏の和尚さん 13.7
131 深夜のデパート―岡島警備員の報告 13.8
132 初恋 13.11
133 主夫の友 13.12
134 残りの時間 14.2
135 峠の狸レストラン 14.3
136 石川や 14.4
137 憧れの老コン 14.6
138 私がパパよ 14.7
139 工場の月 14.9
140 必要は発明のおばちゃん 14.9
141 東京嫌い 14.10
142 年上の女 14.11
143 国技・インターナショナル大相撲 14.12
144 良心 14.12
145 年寄りの冷や球 15.1
146 あたしが最強のバスガール 15.2
147 結婚の申し込み 15.2
148 妻の旅行 15.3
149 喜寿ラッパー 15.3
150 宿題 15.4
151 美しくなりたい 15.4
152 にわか易者 15.5
153 診察と点滴の間に 15.6
154 生まれ変わり 15.6
155 背なで老いてる唐獅子牡丹 15.7
156 さよなら動物園 15.7
157 熊野詣で 15.7
158 八咫(やた)ガラス 15.7
159 メルチュウ一家 15.9
160 オッチョコチョイかボケなのか 15.10
161 大阪はええとこだっせ 15.10
162 アイドルは早起き 15.12
163 美しく青き道頓堀川 16.3
164 読書の時間 16.12
165 誕生日 17.8
166 悲惨な夏(遊びじゃないのよ父さんは 改作) 17.8
167 哲は熱いうちに 17.12
168 天満の白狗(いぬ) 古典「元犬」より 18.1

 他の落語家もやってみたいと思う内容、それぞれの工夫で広がりも奥行きも出てくる構成、これはやはり新作落語というよりも創作落語というのにふさわしく、新しい古典として認められていくものでしょう。控えめながら、この記事の締めくくりの言葉に三枝師の強い思いが読みとれました。

頼光の物語の発表 その3 2006年07月28日(金)

 いよいよこの授業も最終回です。今日は3グループの発表がありました。

 第1グループは、土蜘蛛退治をペープサートで演じました。生き生きとした人形と芝居の場所をシンプルに表現した背景が用意されていました。他のグループ同様に原稿はオリジナルです。会話を多くしたところに特徴があります。また、全員が登場人物の声やナレーションを担当していますが、声色を工夫して区別し、しゃべり方もよく考えられていました。

 3回目の発表は、1回目、2回目の発表を踏まえて進展をしていると気づき、大変感心しました。どの話をするのか、どのように脚色するのか、どのような表現を使うか、どの手法を使うのか、言葉以外に何を使うのか、これらのことは、今回、8グループ何れも、驚くほどよく考えていました。準備時間が不足していたと思いますが、まず頼光の冒険物語をいろいろな形で見たり、読んだり、聞いたりしたことを、学生の皆さんは私が思う以上に吸収していたようです。さらに、それらが学生さんの中に浸透し、グループで話し合い、作業をする中で、練り上げられていました。他の授業で絵本や児童書を研究したり、創作したりしていることとも、学生さんたちの中でさまざまに絡み合っているのだと実感しました。
 課題は、発声としゃべり方、間の取り方だと思いました。これがぴたぴたと決まってくれば、大変なものになると感じました。もう少し練習の時間があれば、つまり一度発表し、記録ビデオなどを見て、さらに工夫したり練習をしたら、あるいは子どもたちの前で演じて直接の反応を見られたら、恐らくこの課題もずいぶんクリアしたと思います。
 発声、しゃべり方、間の取り方には時間をかけた訓練が必要です。今回はその必要性を感じていましたが、落語や講談を生やビデオで見ていただくことで意識してもらうようにしました。その効果はそれなりにあったとは思います。本物に触れ、本物を見聞きすることで、柔らかい感性の学生さんたちは何かを吸収していました。自分たちで互いの発表を見、先週私がちょっと声やしゃべり方のことに触れただけで、3回目の発表がぐっと進化したことはそれを示しています。もし、発声練習を繰り返していたら、どのグループも見違えるようになったでしょう。これは授業者の私の課題です。

 本日の第2グループの発表は羅生門の鬼の話を紙芝居にした発表でした。児童文学科のコミュニティルームに紙芝居の箱があります。これを利用していました。枠ができ、見るところを限定することで、見る側は集中できます。また、描かれていた絵は、シンプルでした。丁寧に書き込まれた力強さがありましたが、決して描き込み過ぎていませんでした。そのことが言葉に集中する余裕も生じ、想像力を刺激しました。なるほどと感心しました。紙芝居では、原稿が目の前にあります。読みやすい状況も整っています。このグループも声、しゃべり方に工夫が見られました。

 本日最後のグループは、酒呑童子退治を取り上げペープサートにしましたが、登場人物を少年たちにし、それぞれの性格をはっきりさせ、それを台詞やしゃべり方に反映させていました。しかも、それを紹介する楽しいパンフレットを作って、始める前に見る人たちに配りました。たとえば、頼光は12歳の元気の良い少年です。金時は幼さの残る8歳の子どもです。酒呑童子は関西弁を使う若者です。つまり、登場人物をキャラクターとして際だたせたわけです。これはやりすぎると別物になる危険もはらんでいます。今回の8グループはいずれも子どもたちに興味をもってもらう工夫をしていましたが、このグループはキャラクター化をより明確に進めました。だが、いずれもほどよい程度で子どもたちに伝えたい日本の伝統的な物語の雰囲気は残っていました。背景の絵は模造紙に大きく細かく描き込まれ、その紙を止める磁石にも鬼の絵を貼るなどの細かい心遣いも見られました。

 長くなりました。私はこの授業でさまざまな挑戦をしましたが、その意図を学生さんたちががっちり受け止めてくれました。その結果、この授業を通して、特に発表によって、いろいろなことを学生さんたちから教えてもらいました。充実感をもって授業を終了することができました。学生さんたちも満足してくれたでしょうか。アンケートの結果では、手応えは感じてくれたように思いました。 

暑い 2006年07月27日(木)

 暑い。急に雨が上がり、ぎらぎらとしてきたものの、梅雨明けはまだ九州・四国止まりということです。夕方には通り雨が激しく降ってきて、空気は湿気を帯び、梅雨明けは目前ながら未だという感じです。
 冷房がないと耐え難いのですが、その冷房が故障してうんざりしているときに思い出すことがあります。
 最近は、冷房を設置している小学校、中学校、高校も少なくありませんが、以前は暖房はあっても冷房はない学校が多かったと思います。前に勤めていた高校も冷房は職員室や図書室や保健室など限られていました。暑い日には何か用を見つけては冷房のある部屋にやってくる生徒が多く、しばし涼を感じてから湯のような空気に戻っていくのでした。せめて風通しを良くしようと、扇風機を用意したりしたのですが、焼け石に何とやら。冷房さえあればなあと皆思っていたのです。
 家に戻り、近くに住んでいる舅姑の家に行くと、うだる暑さの中で、扇風機を後ろ向きにしてじっと耐えているのです。冷房は体に悪い、扇風機の風も直接当てるのは良くないと考えていたからです。この考えは正しいのですが、周囲の家はほとんど冷房を入れていたので、熱風が吐き出されているのです。かつては、窓を開け放ち、すだれを下げて、風の道をつくることで夏の暑さをしのいできたのが日本の家屋だったと思います。自然の風で冷房病などとは無縁でした。それを知っている両親は冷房に慎重でした。でも周囲の熱風を受けて、あまりにも気の毒でした。何年か交渉してから、冷房を設置しました。設置してからも冷房をつける回数が少なかったり、風が直接来ないようにしきりを作ってみたり、工夫していました。それでも年取った体にはいささか助けになったようです。訪ねていくと、まだまだ涼しいとは言い難い状態でしたが、外気よりは温度は低くなっていました。
 外で活動すると、汗が吹き出してだらだらと流れ、暑さにうんざりします。ついつい冷房に頼ってしまいます。でも、冷房病が怖いなとも思うときがあります。そのようなとき、じっとこらえていた両親の生き方を思い出して、何かを教えられる気がするのです。

古い家 2006年07月26日(水)

 古い家には主がいる、とは洋の東西にかかわらずあることのようです。家に霊がとりついて後からやって来た住人を脅かす話は、数限りなくあります。不思議な子どもが出てきたりする話もよくあります。どことつながっているのかわからないようなドアや階段も少なくありません。昔の夢に浸って、家と共に朽ちていく老婦人もいます。さて、どれだけの話を思い浮かべられるでしょうか。

 また、実際の古い家を体験することも案外あります。関西ではそうした趣ある家によく遭遇します。もしかするとこれを読んで下さっているあなたのお家も年季の入った建物かもしれませんね。
 先日、奈良でラジオに出させてもらったとき、そのスタジオは築180年というお家の中にありました。そこでお手洗いを借りたとき、懐かしい思いをしました。

 私の母の実家は、築180年に比べればまだまだですが、母の一家が越してきたとき、築50年だったようで、それから50余年は十分経っているのです。競馬場の真ん前に建っていて、競馬の放送がよく聞こえます。それもそのはず、母の一家が越してくる前は、ある馬主の方が競馬を見に来るために建てた家だったのです。桂離宮をちょっと真似た建物と庭が美しかったそうです。
 私が小学校の頃遊びに行くと、広い庭に既に枯れた池があり、庭のあちこちに犬小屋があって、何匹かの犬の家族が飼われていました。崖や林のミニチュアがあり、結構冒険ができました。
 家の中にも、不思議な物がありました。台所にブザーがあり、各部屋にボタンがあって押すとこのブザーが鳴るのです。つまり、合図を送ってお茶を持ってきてもらったりする呼び鈴なのです。ボタンはちょっと目に付かないところにありました。壁の端とか、畳の縁の横とか、目に付きにくい所にあるのです。人目に付かずに押すことができるのです。おもしろがって、あちこち押してまわりました。一番奥、庭の池に張り出したお茶室のブザーが一番隠れていました。

 先日、すっかり古びてしまい、崩れかかって、今夏取り壊すことになったその家に行ってみました。記憶を辿ってブザーを探しました。ブザーはありましたが、押しても手応えはなく、ブザーは鳴りませんでした。この家を気に入って移り住んだ祖父も、破れた障子に紅葉の葉を入れて風情のある切り貼りをしたという祖母も、サンルームを自室にしていた叔母も亡くなりました。この家から巣立って波瀾万丈の人生を歩んでいる伯母、この家を大切に守っている伯母、隣りに戻ってきてこの家を見守っている母、三人の姉妹も元気ですが、ずいぶん年取りました。既にこの家とここに住んだ一家は物語の世界のようです。その物語の舞台が、この夏現実の世界から消えます。物語は思いをめぐらす人々の心の中で広がっていきます。
 

スープ 2006年07月25日(火)

 「食育」について話題になっています。子どもが一人で食事をしたり、できあいのものだけで食事をすることの問題が指摘されています。食べることがいかに大切か、それをどのように充実させるのか、いろいろな考えや実践が紹介されています。

 まえまえから時折、辰巳芳子氏という料理家のことが気になっていました。特に「いのちのスープ」を提唱され、その作り方をさまざまな方法で伝授されていることが報道されていて、それを目にし、耳にするにつけて、気になっていました。
 もともと料理家としての修業や仕事を積み重ねてこられたのですが、お父様の看病を8年間なさった中で、スープを作り続けられたことが現在の提言や活動の裏付けになったそうです。時間と手間をかけて、野菜や魚や肉などを豊かに使った多種のスープを作っておられるそうです。
 たくさんの著作がある中で、『あなたのために―いのちを支えるスープ 』(辰巳芳子著、文化出版局、2002年刊)がよく紹介されています。入門書ではないようですが、スープは家庭料理の砦と考えておられる著者の考えがよく伝えられている本のようです。

 私は誠に恥ずかしいことに料理はとんとだめですが、それでも息子が育っていく中で家庭の食事には取り組みました。よく作っていたのは、野菜や肉を入れてくつくつさせたごった煮でした。スープとはとても言えないのですが、母が作ってくれたスープを思い出しつつ、いろいろなものをいっぺんに食べられるこのごった煮をよく作りました。家人はごちゃごちゃしているものはあまり好きではなかったようですが、私にあわせて食べてくれました。息子はそれしか知らないので、食べてくれました。なんだかぴちゃぴちゃしているこの料理が家庭の味だったのかもしれません。息子は外食を喜ばず、このぴちゃぴちゃ料理を家で家族で食べることを好んでいました。私自身も、どんなに上等なおいしいものを食べたときよりも、食後の体の調子がどこか落ち着くのでした。
 息子が生まれた直後、一時母乳が出ませんでした。その時母が昔から作ってくれていた鶏肉をベースとして野菜を入れたスープを少し濃厚に作って持ってきてくれました。これを食べてなんだか力が湧き、母乳が出るようになりました。ぴちゃぴちゃ料理が私には合っているようです。息子の場合はどうだかわかりませんが、それで大きくしてしまったような気がします。
 このところ手抜きばかりの食生活ですが、またぴちゃぴちゃ料理を作ってみようと思います。
 

児童文学・絵本センター報 2006年07月24日(月)

 7月20日付けで、「梅花女子大学 児童文学・絵本センター報」第1号が発行されました。児童文学科の学生、院生、研究生の皆様には、授業を通してお届けいたしますが、前期最後の週ですのでお手元に届かない場合もあるかもしれません。コミュニティルームの前に掲示し、机の上に少し積んであります。また、生涯学習センターにも置かせていただきました。そちらから取っていただければ幸いです。卒業生の内、児童文学会会員の方々には、まもなく「梅花児童文学」の最新号をお送りいたしますので、一緒にお届けいたします。ただ、大学のホームページの児童文学科のページでも見ていただけるようにしたいと考えています。
 センター長の横山先生の設立のごあいさつ、運営組織、今年度の活動計画、学生・卒業生スタッフ募集、編集後記、以上が内容です。

 センターでは、いろいろな計画が予定されています。その中から今日は一つをご紹介します。

 学園祭で、さまざまな行事を計画している中に、11月12日に「荒井良二 ワークショップ」があります。詳細は後日お知らせいたしますが、絵本作家の荒井良二氏が来校され、ワークショップをして下さるのです。荒井良二氏をご存じでしょうか。絵本の好きな方はよく知っておられると思いますが、数々の賞を受け、多くの絵本をはじめとしたアートの仕事をされている方です。テレビでもその活躍ぶり、ワークショップの様子が紹介されています。私はNHKの「課外授業ようこそ先輩」で小学生と共に制作に取り組む様子を見て、印象に深く残りました。この番組については、
https://www.nhk-jn.co.jp/002bangumi/topics/2005/049/049.htm
で様子をうかがうことができます。
また、荒井良二氏の公式ホームページは、
http://www.ryoji-arai.info/
です。
 学生の皆さんの中には、ワークショップに参加したことのある方、サインをもらったことのある方もおられるそうです。先の二つのホームページには自画像や写真が出ていますので、雰囲気を感じることができるでしょう。私は一度だけ近くでお会いしたことがあります。映像を通してお会いしていたとおりの印象を受けました。今から11月のワークショップが楽しみです。

 2006年07月23日(日)

 土用の丑の日。鰻を召し上がった方も少なくないでしょう。元気を付けるために、夜、家人と共に近くの鰻屋に行きました。「かば重」を食べて、もう一頑張りです。
 鰻関連で、江戸時代後期に江戸で出版された絵本、「黄表紙」を二作品紹介します。
 
 『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』(山東京伝画作、江戸・蔦屋重三郎板、天明5年・1785刊)。
 金持ちの息子艶二郎は、女にもてようと様々企てますが、醜男で通人ぶったためうまくいきません。とうとう、にせ心中をしようとします。この憎めないキャラクターは、当時の江戸っ子が持っていた気質を表現していて読者に共感されたそうです。
 江戸前鰻は江戸っ子の好物だったといわれ、調理方法にもこだわっていたため、江戸自慢を「鰻」とし、それに浮気をかけてもじって書名としたようです。江戸前の浮気者ぐらいの意味だという説明がされています。

 『親敵討腹鞁(おやのかたきうてやはらつづみ)』(朋誠堂喜三二作、恋川春町画、鱗形屋孫兵衛板、安永6年・1777刊)
 かちかち山話の後日譚。爺婆をだました狸は兎に復讐されました。この狸の子が猟人に助けを求め、親の敵討ちをしようと出かけます。兎は江戸に逃げたので、狸と猟人も追っていきます。兎は料理屋にかくまってもらいます。狸と猟人はその店の女房が焼いたうなぎの蒲焼きの匂いに気をとられます。そこへ爺婆の息子で足軽の軽右衛門が通りかかりました。彼は兎の肝を探すように命令されていたのですが、恩のある兎をかばって狸と争うことにしました。それを聞いて兎は切腹して肝を軽右衛門に取らせようとします。兎が切腹すると黒い鳥と白い鳥になりました。「鵜(う)」と「鷺(さぎ)」です。軽右衛門は武士に取りたてられ、狸は猟人に撃たせた狐に仕返しをされるのでした。この中で、鵜が捕まえた鰻がおいしいことが出てくるのです。
 作者喜三二のデビュー作で評価が高い作品です。

オープンキャンパス 2006年07月22日(土)

 今日は、今年度のオープンキャンパスの初回でした。どの学科もいろいろな工夫をして、来てくれた方々に学科の説明をしたり、質問に答えたりしています。模擬授業もあり、学科の催し物もあり、クラブ紹介もあり、にぎやかなキャンパスでした。幸いなことに梅雨の合間の晴天でした。
 児童文学科では、昨年に引き続き、絵本制作展、絵本の読み聞かせを学生の皆さんがやってくれました。会場は学生会館のお茶室。その準備もずいぶん工夫してくれました。絵本展示の中には、この日のために作ってくれたモニュメントが飾られました。物語世界から抜け出したようなキャラクターの人形です。なかなか盛況で、熱心に絵本を読んだり、原画を見たり、お話を聞いてくれたそうです。担当の学生さんたちは、ブースの近くで待機して案内してくれたり、少し不安な受験生に親しく話をしてくれたり、大活躍でした。片づけにもてきぱきとしてくれて、皆、充実感を味わってくれたのではないかと思います。
 来校して下さった皆様、遠いところからもお出かけ下さいまして、熱心に参加して下さり、誠に有り難うございました。
 担当して下さった学生の皆さん、先生方、今日一日有り難うございました。