加藤康子さんのブログ
蛙 2006年05月31日(水)
今日は、遅くなって7時バスに乗れませんでした。そこで、道祖本(さいのもと)のバス停まで歩き、路線バスを利用することにしました。薄暗い道をポコポコ歩いていくと、田植えが終わった両側の田圃に水がいっぱいで、夜空の色や家のあかりが映っていました。水が豊かになったせいでしょう、あちこちから蛙の声が聞こえてきました。いろいろな鳴き声があります。いつもはちょっと寂しい道も、今晩はにぎやかです。
蛙をテーマにして卒業論文を書かれた方がいました。最近は蛙をデザインした物が多く、かわいらしい物に人気が集まりますが、時代をさかのぼればさまざまな蛙の造形があっておもしろい、と江戸時代の蛙の絵、明治時代の蛙の物語などを集め、その魅力を探っていきました。そして、児童文学の祖といわれる巖谷小波が、数え年16歳の時に書いた「三虫奇談 一珍可笑の夢」という蛙がたくさん出てくる短編に出会いました。
この作品には蛙が出てきますが、その他に蛇とナメクジが出てきて、三すくみの構図が物語の構成に関わっています。また、蛙たちが戦う場面では蛙の特徴を活かした表現がいろいろと工夫されています。このようなところに江戸時代までの文芸の影響も見られて、今日のブームとは異なるおもしろい蛙の造形があることを指摘しています。
この作品は、中川理恵子氏が新資料として紹介されましたが、この卒論では細かく注釈を付けて現代語訳を試みた上で、考察をされています。貴重な作業でしたので、卒論提出後、勧めてまとめてもらい、『鼓 伝承児童文学・近代以前日本児童文学 研究と資料』第2号に掲載しました。
この雑誌は名称の通り、二つの分野で卒論や修論を書いたり、書こうとしている人たちが研究の成果を発表するために刊行したものです。表紙の絵は卒業制作で絵本を創った方に描いていただいています。梅花女子大学の研究助成を受けて出版している研究誌です。
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嫁入り物 2006年05月30日(火)
結婚をした頃、江戸時代の絵草紙の嫁入り物を調べていました。主に赤本と黒本と呼ばれる、江戸で出版された草双紙というジャンルに含まれる絵本の作品群です。女子向けの教育書には嫁入りの次第を教える本がいくつもありましたが、それらは嫁入りはどのような手順で進むのか、その時の心得は何か、などを教えようとする姿勢で書かれています。ところが、赤本や黒本の嫁入り物に登場するのは、鼠や獣や鳥、化物や福神といった人間でないものです。これらが見合いから始まって初産の子どもの宮参りまで、順を追っていろいろな嫁入りの段階を経ていく様子を嫁入り物の絵草紙は描いています。
これらの作品群を調べ考えていたのは、自分も手探りで結婚生活を始め、息子が生まれ、仕事に復帰し、慌ただしく過ごしている時期でした。研究仲間からは、日常生活の感覚をそのまま研究に持ち込むことの危うさを注意するようアドバイスを受けました。それは確かなのです。でも、時間も場所も不足しがちでした。台所で食器を洗いながら、嫁入り物をどう整理していくのか考えていました。考えはなかなかまとまりませんでしたが、自分の中で両方を絡めているところがありました。しばらく時間がかかりました。今でも結論がすっかり出たわけではありませんが、嫁入り物を見ていく内に感じたことが少しずつつながったような気がしてきました。子どもが大きくなっていく過程、家族生活のさまざまなできごとの中で、時折江戸時代の人たちはどのように考え、行動していたのだろうかと思いました。
嫁入り物には、主人公たちの言動の他に、周囲の脇役や群衆が描かれ、会話が書き込まれています。そこに登場するもののさまざまな思いや行動が表現されていました。ユーモアもシビアな見方も、時に色っぽいことも見出されました。着々と進んでいく嫁入りはかなり裕福なものですが、周囲にはそれを羨んだり、揶揄したりする感情が動いていました。また、新郎新婦の親や仲人からは教訓や愛情が読みとれました。
私の家庭は核家族でしたが、共働きで保育園に子どもを通わせるためには、夫婦だけでなく、両方の両親の力、時には妹の力も借り、地域の人々や職場のの協力も得て、無我夢中で毎日を過ごしました。周囲に頼り、自己中心に言動をしていたため、どれだけ周りの人々に迷惑や心配をかけたかわかりません。嫌な思いもたくさんかけたと思います。今気が付いていることもありますが、気が付かないままのこともどんなにかあったことでしょう。できる限り知恵を絞ってやりくりしてなんとかつなぎ合わせて生活してきました。
そのような私の目には、嫁入り物を作り、読む江戸の庶民の生活は、一つ一つを自分の手で積み上げていく「地に足の着いたもの」であるような気がしました。衣食住を成立させるためには誰もが家事の技術を身につけなければならず、それは親から子へ、おとなから子どもへ直接的に伝えられたように思われました。仕事も親の生業を継ぐことが多く、親から子へ伝えられたことでしょう。あるいは親方から弟子へ、主人から奉公人へ、仕事もその心構えも一つ一つ伝えられたと考えられました。つまり、親と子の間には、大人と子どもの間には、生活のかかった大げさに言えば命のかかった真剣なやりとりがあったと想像されたのです。
親子、あるいは地域の大人と子どもの密接な関係、それは現代では希薄になっていると感じていました。私が住んでいた所は、都会の過疎地域、下町のはずれというべき地域で、かつての地域力の名残がまだ残っていました。子どもを通してそれらを感じ、そこから江戸を想像しました。舅姑もかつての生活や心構えを感じさせる人でしたから、そこからも江戸が感じられました。
実生活と嫁入り物の絵本が絡み合って行く中で考えてきたこと、それをどのように表現するのか、それが私の課題です。今までも書いてはみましたが、まだまとまらない、まだ伝わらないと思っています。そろそろ書ければいいのですが……。
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一の糸 2006年05月29日(月)
偶然、劇場中継のテレビ番組を見ました。有吉佐和子氏原作の「一の糸」です。舞台の脚本・演出・音楽は鶴澤清治氏がされています。「一の糸」は文楽の三味線奏者の厳しく芸に生きた姿を、その三味線の音色に魅せられた妻の目から描いた小説です。この小説の魅力はいろいろな方が語っておられますが、松岡正剛氏のホームページ「松岡正剛の千夜千冊」の「一の糸」についての記述は興味深く読みました。
(http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0301.html)
鶴澤清治氏は、現代の文楽三味線奏者の第一人者です。若くしてその力量が注目され、多くのファンが魅了されていた舞台の輝くような姿を遠くから拝見した記憶があります。「一の糸」の舞台では、モデルになったといわれている鶴澤清六氏を彷彿とさせるように、舞台上で三味線を弾いておられます。清治氏は清六氏のお弟子さんだそうです。
江戸時代には人々を熱狂的に魅了した人形浄瑠璃は、近代以前日本児童文学にとっても無縁ではありません。人形浄瑠璃を踏まえた絵本も少なくないのです。大阪には文楽劇場がありますが、その実際の舞台を見る機会は少ないかもしれません。小説の中に出てくる人形浄瑠璃がいくつも演じられるこの舞台は、人形浄瑠璃の魅力を立体的に伝えてくれます。
立体的に人形浄瑠璃の魅力を伝えるといえば、映画「曾根崎心中」(栗崎碧監督、 1981年、栗崎事務所)と映画「山中常盤」(羽田澄子監督、2004年、自由工房)があります。
前者は曽根崎心中の舞台である実際の土地に人形を置き、演じるという斬新な手法で人形を人間のように見ることができます。実際の人形浄瑠璃の舞台でも、人形が生きているように思えてくるものですが、この映画はそれをもっと具体的に見せています。この映画でも鶴澤清治氏が三味線を弾いています。私はこの映画を、ビデオですが、見たことがあります。
浄瑠璃の三味線と義太夫の語りは、古典の世界を雄弁に表現しますが、それを効果的に使ったのが、後者の映画です。源義経の母常盤が今泉に行った末息子の義経を追ってわずかな供と共に旅を始めたものの、強盗によって惨殺されるという悲劇を描いた絵巻物「山中常盤」を紹介する映画です。この映画の音楽を担当したのが、鶴澤清治氏なのです。悲劇をリアルに描いた絵巻物の絵を抒情豊かに語っていく上で、三味線の音と義太夫の声は不可欠です。私はこの映画を劇場で見て、強い印象を受けました。
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風呂敷 2006年05月28日(日)
荷物が多いのは、中学校から続いています。大学生の時、自主ゼミの発表の準備で友人と話し合う日に『広辞苑』を持っていって、あきれられたこともありました。今も、リュックを背負ったり、キャリーバッグを引っ張ったり、二つの鞄を振り分け荷物のようにして担いだり、行商をしているような状況です。さすがに肩が凝ったり、手がしびれたり、背中が痛くなったりします。このように荷物が多いのは、整理が悪いためでしょう。
身軽に、格好良く、薄い鞄を軽々とさげて闊歩したいのですが、そうはうまくいかないのが現実です。梅花に移ってくるとき、前任校の同僚が見るに見かねて軽々とした鞄を贈ってくれたのですが、結局大切にしまっているばかりで出番がありません。
ある先生が、いつも浅黄色の大きな風呂敷を持っておられて、和書は軽いからとたくさんの本を風呂敷に包まれて軽々と運んでいらっしゃったのが素敵で、風呂敷は良いと憧れていました。でも、風呂敷では済まないのが現実でした。
それでも、少しやってみようかと、姑が貯めていた風呂敷から数枚をもらって使い始めてみました。まだ、予備として持ち歩くだけですが、座るときにしびれて足を崩したときに膝に掛けることもできます。冷房が寒いときに膝掛け代わりにもなります。教室移動の時にばらばらする資料を取りまとめるにも便利です。しかも柄や色合いによってはちょっとしたおしゃれにもなり、楽しみにもなります。まだ、凝るところまではいきませんが、風呂敷を楽しむことを始めたいと思っています。
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小さな喜びを 2006年05月27日(土)
梅雨が近づいてきました。この季節は、気重になることも多いと思います。そこら中がべたべたしたり、蒸し暑かったり、時に肌寒かったりします。4月から始まった前期も半ばを過ぎ、少々疲れてもきているでしょう。そんなとき、気持ちも疲れて、気重になることがあります。
思い切って、ゆっくり寝てみたり、軽い体操をしてみたり、野菜をたっぷり食べてみたり、歯を磨いてみたり、散歩したり、と様々な方法で体調を整えることが効果的かもしれません。
また、好きな本を読んだり、音楽を聞いたり、映画を見たり、展覧会を見たり、お気に入りの服を着てみたり、友だちとお茶しておしゃべりしたり、自分を気分がよくなる環境に置いてあげることも良いかもしれません。
洗濯をしたり、コップをきれいに洗い上げてみたり、靴を磨いたり、机の上を掃除してみたり、花に水をあげたり、種をまいたり、傘を洗ってみたり、ハンカチを手洗いして窓ガラスに貼ってみたり、新聞の切り抜きをしてみたり、身のまわりの手仕事をしてみることも気分転換になるかと思います。
小さな小さな喜びを得られるように工夫するとよいと思います。今まで石鹸で普通に洗っていた顔を、石鹸を泡立て泡立てしてたっぷりの泡でじっくり洗ってみると、今までにないささやかな挑戦とその効果が小さな小さな喜びをもたらすのではないかと思います。これまで洗濯機でたくさんのものと洗っていたハンカチを、一枚だけ洗面器で丁寧に石鹸で洗い、よく絞って窓ガラスにしっかり貼り付けると、アイロンを掛けたような仕上がりで乾きます。ちょっと嬉しくなります。きれいな包み紙を開いて形のよいところを切り取って封筒を作り、手紙を入れて出してみます。返事が来たら楽しいですね。
生活の中に小さな喜びをちりばめるように工夫し、ささやかな行動を実行することが少しずつ重なっていけば、気分をちょっと変えられるきっかけがあるかもしれません。自分のことが嫌になってしまうとき、疲れ果ててしまったとき、自分を喜ばすことを試してみたらどうでしょうか。
根本原因には何かの方法で対処するとしても、それに立ち向かう元気、手助けを求める元気を出す必要があります。自分を喜ばし、自分を励ますことが大切なように思います。そして、助けを求める勇気を忘れないで下さい。
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鳥人幸吉 追補 2006年05月26日(金)
以前このプログに書いた「鳥人幸吉」について、ご質問が来ました。「この講談を演じたのはどなたですか?」と。私が聞いたのは、神田鯉風師が読まれた「鳥人幸吉」です。講談では「読む」と言うそうです。ですから、最後には「これで読み終わりとします」となります。鯉風師はこの講談を得意とされています。幸吉にゆかりの静岡県磐田市で行われた今年4月の見付寄席でも読まれています。その案内では創作講談とあり、昨年6月にはやはり幸吉ゆかりの岡山で取材もされていることから、新作講談のようです。どなたの作かは、私は未だわかっていないので、調べておきたいと思います。
さて、ご質問のついでに伺ったところ、鳥人幸吉にはまっているお友達がおられるとのこと。幸吉のことを書いた小説『始祖鳥記』(飯嶋和一著、小学館、2000年刊、小学館文庫にもなっている)を読まれて、魅せられたようです。この小説は大変話題になった作品で、この度、この小説を原作としたラジオドラマ「風になった男」が今年の7、8月に放送されます。幸吉は岡山の出身ですが、このドラマに出演する7人のうち4人が同県出身だそうです。放送はNHK―FMで土日を除く7月24日?8月4日の10日間、午後10時45分?同11時。
鳥人幸吉に関するサイトは思いの外たくさんあります。夢を追った幸吉に魅せられる人が多いせいでしょう。また、幸吉を慕って様々な行事や、研究会も開かれているようです。『始祖鳥記』だけでなく、「空飛ぶ表具屋」(筒井康隆著、新潮文庫の『将軍が目醒めた時』や『傾いた世界―自選ドタバタ傑作集〈2〉』に収められている)などの小説以外にもマンガなどに描かれ、資料も少なくないようです。いくつかを紹介します。
サイト
・岡山の先駆者たち1 天明飛行実験「鳥人!幸吉」(サイエンス館)(マンガとストーリー)
http://www.city.okayama.okayama.jp/museum/koukichi/index.html
http://www.city.okayama.okayama.jp/museum/koukichi/select.html
・黎明期の「日本の空」世界初飛行の栄冠は誰の手に?
http://www.tanken.com/kokuki.html
参考資料
・菅茶山著『筆のすさび』巻之四「機巧」(『日本随筆大成』第1期第1巻、吉川弘文館、1975年刊、所収)これは江戸時代の随筆です。
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御案内 2006年05月25日(木)
今日は、楽しい二つのお知らせをいたします。
?児童文学科のコミュニティルームのテーブルの上にかわいらしい文庫ができました。3年生の絵本制作を続けているお二人が、皆さんに読んでもらいたいと、ご自分の作品を並べています。超豆本がたくさんあります。感想を書くノートも置いてあります。是非ごらんになって、感想を書いていただければと思います。
?絵本紹介のホームページが新たにできました。卒業生のお一人が、皆さんの作品を紹介したいと作られたのです。「七色文庫」という名の素敵な企画です。
是非、http://www.nanairo-bunko.com を御覧になって下さい。
自主的なこの二つの絵本の企画に私は大感激です。絵本を作ることに没頭し、次々と作品が生まれてくること自体とてもすばらしいのですが、それを積極的に見てもらいたいと、文庫を作るという発想にわくわくしてしまいます。また、在学中に友達のいろいろな作品が生まれていく現場に立ち会って、それを広く紹介することを思いつくことだけでも素敵なのに、それを実行してしまう行動力に感心し、嬉しくなってしまいます。
学生の皆さんが、そして卒業生の皆さんが持っている感性とパワーに改めて感じ入っています。大拍手です。
あわせて、二つのサイトをご紹介します。
児童文学科同窓会のホームページ
http://salutnet.com/
同窓会に関する様々な情報がいっぱいあります。丁寧な作りのサイトです。必見です!
梅花女子大学のホームページ内の絵本紹介ページ
http://manabiya.baika.ac.jp/contents/ehon/
2005年度卒業制作(絵本)から5作品を紹介しています。こちらも是非見て下さい。
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優しさ 2006年05月24日(水)
梅花に来て感心したことは、学生さんたちに優しさがあふれていることでした。些細なことでも、大きなことでも。いろいろな意味の優しさに感心してきました。
エレベーターに乗ります。すると降りる階を尋ねてくれたり、荷物を持っているとドアを開けていてくれたり、ちょっとした心遣いをさりげなくしてくれるのです。これは些細なことかもしれませんが、大事なことだと思います。
かつて、気分が落ち込んでいる新入生と度々話していたところ、声をかけて励ましてくれる人が出てきました。あの時はとても嬉しかったです。困っている人、辛い思いをしている人がいると、声をかけてくれる人がどこからか現れるのです。これは素晴らしいことです。
思いがけない贈り物が届くことがあります。コミュニティルームに素敵な飾りが届いたり、皆が忙しく働いているとお菓子が届いたり、お茶碗がたまっていると洗ってくれたり、電話が鳴ると教えてくれたり。当たり前のようで、これは当たり前ではありません。気働きがきいて初めてできることなのだと思います。気が付いたらちょっと行動してみることができたら素敵ですね。
昔、茶道を教えて下さった素敵な大学の先生がいました。いつもはっとすることを教えてくれる先生でしたが、ある時、気が付いたらすぐにすればよい、その時が一番早いとき、と教えてくれました。就職した最初、いきなり合宿がありました。駅でこれから職場の先輩になる人々と会いました。それぞれに挨拶したのですが、一番目上の方だけにはタイミングを逃してしまい、挨拶ができませんでした。その時、先生の言葉を思い出しました。今がその時、とばかりに思い切って「ご挨拶が遅くなりましたが」と切り出し、挨拶をしました。後に誉めてもらいました。これはうまくいった例ですが、たいていはうまくいかず、後悔することが多くあります。それでも、今がその時と思い返すようにしています。
梅花の学生さんは、自然に心遣いを示すことのできる素敵な人が多いのです。それは優しさにあふれているからだと思います。すれ違うときに表情を柔らかくしてくれる人、挨拶をしてくれる人、そっと道を譲ってくれる人、いたわってくれる人、そんな素敵な人たちが梅花にはいるんですよ。
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児童文学会の総会、春季児童文学会が、いよいよ明日になりました!学会の委員の方たちが一生懸命、また楽しく準備を進めてくれています。見えるところ、見えないところで、細々とやってくださっているのをここのところ感心して見ていました。有り難うございます!明日のお天気が心配ですが、先ほどの天気予報では、なんとか晴れそうです。良かったです。
児童文学会の皆さん、総会に出席して下さい。お願いします。その後の講演会は、どなたでもご参加いただくことができます。どうぞ富安先生のお話をお聞き下さい。お待ち致しております!!
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お悔やみ 2006年05月22日(月)
夜中のニュースで児童文学作家の寺村輝夫氏の訃報を知りました。1928年11月8日のお生まれですから77歳でいらっしゃいました。まだまだお仕事をなさるお歳ですから、残念でなりません。早稲田大学に在学されているときに坪田譲治氏に師事し、「びわの実学校」の同人となられたそうです。卒業後、創作活動に専念されると共に、文京女子大学で教えることもなさって若い人々の教育にもたずさわられました。ご自宅を児童文学を親しむ場所として開放されてもいたそうです。
主な作品として、毎日出版文化賞を受賞した『ぼくは王さま』をはじめとした『王さまシリーズ』(理論社)をはじめ、絵本『おしゃべりなたまごやき』、『ミリ子は負けない』、『寺村輝夫のおばけ話・とんち話』(全20巻・あかね書房)など多くの作品を創られました。ポプラ社からは『寺村輝夫童話全集』(全20巻)が刊行されています。
私も『王さまシリーズ』を楽しみました。このシリーズは40年も読み継がれているのです。わがままだけどとらわれない素直さが大事なものを見落とさないように思えました。大切な作家をまた一人失ってしまいました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
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