加藤康子さんのブログ
菓子 2006年04月30日(日)
木曜日の授業(近代以前日本児童文学講義)で、江戸時代の子ども絵本『桃太郎昔語』(赤本)を扱いました。その中できび団子ではなく十団子が出てきます。それがとってもおいしいという話の中で、大仏餅、幾代餅に負けないくらいおいしいというくだりがあります。当時流行っていた菓子の名前が絵本の中に出てくるところがおもしろいのですが、今で言えばどの菓子にあたるのか、と言いかけたものの、思い浮かんだのは「阿闍梨餅」だけ。ところがどうもこの菓子をご存じの方が少なかったようで、それでは適切な例にはなりません。
阿闍梨餅は京都の老舗満月の名物菓子です。安政三年創業という満月では、修行中の僧侶が餅を食べて空腹に耐えたことから、もちもちした皮に程よい甘さの餡を入れ、阿闍梨の被った笠の形に似せた餅菓子にこの名を付けたのだそうです。京都駅で乗り降りするときによく買います。家人が大好きで五個入りの袋をお土産にするので、つい阿闍梨餅の名が出てしまった次第です。
先日は時間が無くて買い損ねました。家に戻ってみると「一葉お札せんべい」がありました。女性で初めてお札に顔が出た樋口一葉。その五千円札をかたどった瓦せんべいです。
おいしい記憶はその名と共に湧いてきますから、絵本の中に菓子の名前が出てくれば、それだけで楽しくなりますね。
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猫 再び 2006年04月29日(土)
家の近くに猫通りがありました。昔は両側に製本屋さん、お茶屋さん、酒屋さんなどなどが並んでいた細い道でしたが、十数年前に地上げ屋が入って片方が広い空き地になりました。駐車場になっていて、一時は宅配便の中継地にもなっていました。坂道の下だったので、空き地の奧には石垣がそびえています。後で聞いたら息子が小学生の時その石垣の崖をよじ登っていたということで、ぞっとしました。その空き地に大きな大きなマンションが建ちました。道の風景がずいぶん変わりました。その通りのマンションの並びに製本屋さんがあるのですが、ある日家族が帰ってきて、そこで猫の親子の雨宿りを見たというのです。両親と子猫が軒下にずらりと並んでいるのだが、両親と子どもがそれぞれに似ていてすごくおもしろかったと興奮して言うのです。私もその姿が見たくて、わざわざ遠回りをしてもその道を通りました。昼間は車の通りも結構あるので見かけませんが、夕暮れ方、宵の口に時折猫たちを見かけました。残念ながら親子の雨宿りは見られませんでしたが、幼い子猫がふらふらと近づいてきたり、物陰からわらわらと猫の家族が出てくるところも見ました。夜更けには、反対側の家の玄関前に置いてある火鉢に貯まった水を飲んでいる親猫を見たりしました。この猫たちはこの通りの近辺では有名だったのでしょう。夜にえさをやりに来る人を見かけたこともありました。
子猫が大きくなるにつれて姿を見る機会はどんどん減りました。私もその道を通る回数がめっきり減りました。もう猫通りじゃないねえ、と家族とも話していました。今晩しばらくぶりにその道を歩きました。もう猫はいないね、と思ったとき、玄関前に火鉢を置いている家の前にさしかかりました。薄暗い中に猫の背中が見えました。でも全く動きません。猫じゃないのかな、と思って小さく舌音を立ててみました。すると、くるっと猫が振り向いたのです。その目と視線が合ってしまいました。「なんだよ」と猫が言ったような気がしました。「失礼しました」とそそくさと通り過ぎましたが、あれはかつての子猫だったような気がします。毛並みが若々しかったからです。
猫がしゃべるといえば、さっき不思議な話を読んだばかりでした。『新編 物いう小箱』(森銑三著、講談社文芸文庫、2005年刊)に収められている「猫が物いう話」です。冬の夜に寝入った人々を見て「はあ、みな寝てじゃ」と言った猫。春の日に庭先の縁台で白魚を選り分けているお婆さんに「ばばさん。それを、おれに食わしゃ」と言った猫。膨大な資料に通じた近世学芸史家の著者が書き綴った珠玉の作品の一つです。
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和綴じ 2006年04月28日(金)
昨日は、高校生と和綴じ本を作りました。
明治期に出版された豆本に『宮本武勇傳』という絵本があります。表紙も中も色刷りです。たまたま古本屋さんで買ってあったのですが、和綴じの糸が切れかかっていました。思い切って糸を取ってしまい、バラバラにしました。各丁(袋とじになっている一枚の紙のこと)をカラーコピーで撮り、和綴じの本にします。
?カラーコピーから各丁を切り取ります。このとき丁寧に切ります。?色刷り部分を表にするように半分に折ります。?各丁の丁付け(丁の順を示す数字)を参考にして順に並べます。これを丁(帳)合い取りといいます。?いよいよ糸と針で和綴じにします。
和綴じの仕方は説明しにくいのですが、わかりやすい図解が出ている本があります。『千年生きる書物の世界 和本入門』(橋口侯之介著、平凡社、2005年刊)です。古書店主として長年和本につきあってきた著者が、わかりやすい語り口で具体的に和本を語っていきます。軽い、丈夫、美しい和本の世界を紹介しています。
和紙ではないコピー用紙ですので、硬く、針と糸を通しにくいのですが、それでも、糸玉を作って一針ずつ進むと、一本の糸で一冊の豆本ができます。結構楽しい作業です。
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煙草は化ける 2006年04月27日(木)
上方絵本のつづき。
『化物たばこ』という絵本があります。狐たちが集まって山で酒宴をしています。酔って寝入った狐のしっぽを通りかかった煙草屋が切ってしまいます。煙草屋は狐のしっぽの毛を煙草に混ぜて、「ばけものたばこ」と名付けて売り出します。気味悪がりながらもこの煙草は話題となります。おもしろがった若者たちが寄り合って座敷でこの煙草を吸うと、煙草の葉を身にまとった化物が現れました。すると煙草盆に手足が出、目と口が開いて、化物となりました。座敷にいた坊様、仲居、太鼓持ちなどなどは怖がって逃げ回ります。遂に、煙草の看板、きざみ煙草が化け、藤棚が煙草の葉になり、キセルの吸い口や雁首が次々と現れて化物だらけになってしまいます。藤棚の下にいた人々も逃げまどいます。そこへ大きな煙草のみの化物が現れ、皆の衆、煙草を飲まぬか、煙草ほどよい楽しみはない、と言うと煙を吹き出します。人々が逃げる中、例の狐が嬉しそうにしっぽを取り返して山へと去っていきました。
いやあ、江戸時代の絵本は奇想天外。どこからこんなこと考えるんでしょうか。
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道具は化ける 2006年04月26日(水)
化物ブームが続いていますが、いろいろな道具が化けることは昔から言い伝えられていました。道具類を粗末に扱い、うっちゃっておくと、百年経ったところで化けるそうです。これを付喪神(つくもがみ)といいます。
新幹線が走ってくると、正面は顔に見えます。200系、300系、600系、700系、それぞれに表情が異なります。自動車でも、飛行機でも、魔法瓶でも、鍋でも、いろいろな道具に顔を見出すのは、日本人の特質かもしれません。
「風邪」で紹介した上方絵本『道具の化物尽し』にはさまざまな道具に顔が付いて化けて出てきます。八方行灯、手ふいご、酒樽、銚子、的、つるべ、箕、風呂桶、ちりとり、秤、どびん、手桶、火灯、大釜、唐傘、水桶、石臼、草履。これらが人間と同じか、それ以上の大きさで描かれています。目や口が開き、手足が出て、人々を脅かしています。人々は驚き、逃げています。でも、これらの絵は、すごく怖いというよりは、奇抜なアイディアに満ちていて、ユーモアが感じられます。
日本のマンガ、アニメーションの質の高さがよくいわれますが、その理由の一つに平安時代から絵巻物や絵本などに描かれてきた絵と文の総合芸術の長い歴史が挙げられます。長い歴史があるだけでなく、その内容が豊かで優れていることも指摘されています。このことは、以前「展覧会に行きたい」にも次のように書きましたね。
日本のマンガやアニメーション、絵本のルーツは絵巻にあるとよく言われます。『十二世紀のアニメーション 国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの』(高畑勲著、徳間書店・スタジオジブリ・カンパニー、1999年3月刊)は、わかりやすく絵巻の魅力を説明してくれます。梅花の図書館にもありますが、これを読んで展覧会に行ったら、楽しさが倍加しそうです。
絵巻物だけでなく、版本と呼ばれる木版刷りの本も、その木版の技術のすばらしさ、絵柄のおもしろさが注目されています。『道具の化物尽し』もその一つです。日本人の絵と文に対する感性には格別のものがあるのではないでしょうか。
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風邪 2006年04月25日(火)
風邪が流行っているのでしょうか。あちこちで咳の音が聞こえます。私もここのところ風邪らしく、咳が出ます。
今の時代、風邪を引くと薬を飲んだり、お医者さんにかかったりします。休養を取って、栄養を摂ります。水分を摂ります。これ以上風邪をひどくしないためにうがいをします。江戸時代も医学はあり、科学的な考え方もあります。それと同時に神に頼る思いもありました。恐ろしい病気だった疱瘡を避けるために、赤い色で印刷した疱瘡本が出版されていました。赤には魔除けの意味があったからのようです。風邪についても絵本に描かれています。
上方、今の関西で出版された上方絵本に『道具の化物尽し』と呼ばれる絵本があります。その最初のページは風邪の神が化物となって暴れ回る場面です。京阪地区では風邪流行の時に大きな藁人形を作って、鬼の面を付け、竹竿の先に付けます。鉦や太鼓をたたきながら「風の神送った、風の神送った」と囃し立て、広場や川岸で藁人形を焼きます。こうした風の神送りの行事があったそうです。この絵本では、人々が囃し立てながら川まで来たところで、藁人形が化物となり暴れ始めたのです。化物は人々を投げ飛ばします。そこへ、敗毒散が戦いの神様の姿となって現れます。敗毒散とは、江戸時代に広く使われた風邪薬だそうです。人々は敗毒散に助けを求めます。人々の言葉の中に、「赤紙の損にならぬように」「門の敷居に灸す」という文句が出てきます。当時、風邪除けのまじないとして、門柱に赤紙を貼ったそうです。また、門の敷居に灸をすえることもしたそうです。絵本の絵では、中央で暴れ回る風邪の神の化物を敗毒散の神様がしっかり懲らしめてくれています。
私もお願いしましょう。風邪の化物を送ってくださいな。
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金馬 2006年04月24日(月)
今日はペガサス?残念でした。親しみやすい風貌の三代目三遊亭金馬です。いい声です。太いけど、明瞭。澄んで、よく通るけど、フォーミーみたいに複雑な色合いもある、実に特徴的な声。一度聞いたら忘れられない声です。講談師を目指していた時があったと聞くと、なるほどと思います。
長く列車に乗るときは落語を聞いています。今日は勧められた金馬です。「持ちネタは目黒のさんま、居酒屋、孝行糖、藪入りなど」と事典にありますが、さっき「目黒のさんま」を聞いていました。おいしそうでした。油ののった旬のさんまの焼きたてにおろしをのせて醤油をじゅっとかけて食べるところが、なんともいえずおいしそうでした。
「孝行糖」「茶の湯」「居酒屋」どれもわかりやすくて、リアルで、小僧が生き生きしています。さっきは近所にコピーを取りに行ったのですが、作業をしながら「藪入り」を聞いていました。
「藪入り」は親子の描写がぐっと来る話です。丁稚奉公に行った一人息子が三年ぶりに藪入り(休み、宿入りとも)で帰ってくる前の晩、父母は眠ることができません。帰ってきたら、温かいご飯を食べさせよう、あれも、これも食べさせたい。どこへ連れて行こうか、あそこにも、ここにも、一日じゃ回れない。今何時だ、まだ帰ってこないのか、と落ち着きません。帰ってきた息子はすっかり大人びて、きちんと挨拶ができるようになっていました。それが嬉しくて、まぶしくて、父親はまっすぐ見ることもできません。風呂屋に行っている間に母親はたくさんのお金が入った財布を見て、心配します。心配のあまり、風呂屋から帰ってきた息子を父親はひどくしかりとばします。泣きじゃくりながら息子は鼠退治の懸賞に当たったんだと説明し、親子三人泣き笑いになります。落ちは「主人を大事にしなよ、チュウ(忠)のお陰だから」。
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講談 つづき 2006年04月23日(日)
講談はかつて大変な人気のある芸能だったそうです。「かつて」とは、江戸時代、明治、大正、昭和。平成の現在も新たな人気が出ているようです。
私にとっての講談の最初の記憶は、昭和の名人、五代目宝井馬琴です。太くて張りがある良い声、恰幅の良い大きな体、折り目正しい語り口、その印象が私の中では講談そのものと結びついています。
「花冷え」(3月29日付けプログ)で登場した歌子おばあちゃんの家で、ラジオで聞いたのか、テレビで見たのか、定かではないのですが、覚えがあります。祖母の家からあまり遠くないところに愛宕山があります。日本の放送の発祥の地でもありますが、馬術の名人の曲垣平九郎(まがき・へいくろう)が、急な階段を馬で駆け上り梅の一枝を持ち帰ったことで出世をするという講談で有名です。その講談を馬琴師が語っているのを聞きました。階段を馬で上るところが圧巻でした。
講談は聞くだけでなく、その語り口をそのまま活字にした講談本も大変な人気を博したようです。子ども向きの講談本もあります。講談は児童文学にとっても無縁ではないのです。
一龍斎貞水という現在の名人がいます。貞水師は人間国宝ですが、その芸に触れたのは去年でした。講談の会で聞いて、声の良さ、語り口のメリハリ、食い込んでくるような目線の強さに力を感じました。夏には、立体怪談というお得意の演目を見に行きました。
その貞水師が、「課外授業 ようこそ先輩」というテレビ番組で、子どもたちに話すことを語り、話すことを体験してもらう授業をしているのを見て興味を持ちました。今年の私の「近代以前日本児童文学作品研究」の授業ではこの番組を導入として、古典を子どもに伝えることも考えていきたいと思っています。話を語ることは大昔からいろいろな形で行われ続け、舌耕芸として鍛えられてもきていることに注目したいと考えているところです。
講談の稽古には、顔の筋肉の動かし方も含まれて声を出す体から鍛えていくそうです。講談という芸能から目が離せません。
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講談 2006年04月22日(土)
先日、神田紅一門の講談の会に行ってきました。講談は伝統芸能の一つ。リズムに乗っておもしろい話を語ってくれます。そのリズムを紅先生はヒップホップと繋がりがあるのではと感じておられるそうです。今回の講談会では講談師によるヒップホップも演じられました。紅先生はマリリン・モンロー伝を講談でわかりやすく語るというより演じておられました。今回最も典型的な講談は紅葉先生の「秋色桜」でした。
元禄時代に大坂から江戸に移ってきた菓子屋さん、大坂屋にゆかりの娘お秋は賢い娘でした。寺子屋に通っていた時、俳諧師宝井其角にその才を見出され、その指導によってめきめきと上達します。十三歳の時に詠んだ「井戸端の 桜あぶなし 酒の酔」が公寛法親王の目にとまり、宗匠として出世します。父親は職人でした。ある時、出世した娘のお供で高貴な方のお屋敷に行って庭見物などを楽しみました。ところが帰るときに急に雨が降ってきたため、宗匠の娘には駕籠が用意されましたが、供の父親には雨具しか用意されませんでした。父親とは言っていなかったためです。そこで、途中まで来たとき、お秋は急病と偽って駕籠屋に薬を買いに行ってもらい、その間に父と入れ替わります。自分だけが駕籠に乗り、父親を歩かせていたことを耐えられなかったからでした。このことは駕籠屋に口止めしたにも関わらず、親孝行として広まったのでした。今でもこの話のお秋にちなんだ、秋色桜という桜、秋色汁粉というお汁粉が伝わっています。
なかなかおもしろい、いい話でした。
講談は、リズムに乗った張りのある声によって語られ、話の世界に人々を引き込みます。子どもの番組にも最近は講談師が登場するのも、その鍛えられた声と話術の力が優れているからでしょう。古典を伝えるとき、講談は欠かせない芸の一つだと思います。
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猫 2006年04月21日(金)
テレビ番組「迷宮美術館」が話題になっています。今日、夕食を食べているとこの番組が始まりました。今日のテーマは「猫」。藤田嗣治や歌川国芳が出てくるというので、見てみました。
藤田嗣治展が開かれています。行きたいと思っています。今までにない生誕120年を記念する大展覧会だそうです。中学か高校の時、藤田嗣治展が開かれ、見た経験がありました。乳白色の肌の色、細かい筆遣い、不思議なバランスに惹かれました。その嗣治は猫を愛し、観察し、その表情を細かく描いています。番組ではいろいろな猫が出てきました。表情、姿態、毛並、その描き分けが見事です。やはり会場で生の絵をみたいですね。
歌川国芳も無類の猫好きで知られています。番組では国芳の生い立ちから画業の流れを説明してくれ、機知に富んだ浮世絵を次々と紹介していました。
番組には出てきませんでしたが、国芳の小さな絵本(豆本)に『大島台猫の嫁入』があります。猫が嫁入りをする過程を描いています。江戸時代の絵本には、嫁入り物が結構あります。嫁入りの次第を描いているのに、人間は出てきません。鼠、狐、狼、鳥、犬、福神、化物、そして猫が結婚します。国芳以外にも猫の嫁入りがありますが、国芳の場合は、登場する猫がなかなかかわいらしいのです。その猫に魅了されて、卒論の題材にした方もいました。国芳の猫には現代人の感性にも訴える新しさがあります。
国芳の描く子どもにもふっくらとした子どもの魅力が愛情をこめて描かれています。明日は、国芳がいたずらっ子を各コマに描いた絵双六「莟花江戸子数語録」について梅花女子大学で発表があります。聞いてきましょう。
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