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梅花ブログ

加藤康子さんのブログ

へびの話 2006年03月31日(金)

 『雨月物語』の続き。

 「蛇性の婬」は、美しい女性に化身した蛇が弱弱とした男を愛してとりつき、どこまでも追い続ける話。怖いけれど、どこかに美しさが漂うところがあります。子ども向きの『少年少女世界文学全集 日本編第3巻』でもそれは感じられました。

 もとは中国の白蛇伝という説話だと言われています。この説話を美しい男女の恋として描いたのが、「白蛇伝」(1958年)。これは日本で初めての長編アニメだそうで、後のアニメーターに大きな影響を与えたと言われています。アニメの前には映画「白夫人の妖恋」(1956年)がありました。また、『雨月物語』の「蛇性の婬」「浅茅が宿」を併せて川口松太郎が書いた小説を基にした映画「雨月物語」(溝口健二監督、1953年)も有名です。

 どういうわけか、偶然が重なって、私はこれらの映画を見ているのです。しかも、どれもが目をそらすことのできない引き込まれるような怪しい魅力を持っていました。

 宮崎駿さんも「白蛇伝」に影響を受けたと、何かで読みました。恐らくその他の映画も見、元の小説類も読み、調べておられるのでしょう。だとすれば、「千と千尋の神隠し」のハクと千尋は秋成ともつながっているのかもしれませんね。

こぎつねキッコ 2006年03月30日(木)

 梅花女子大学図書館の4階南、児童文学のコーナーには絵本もかなりあります。次々と絵本が出版される時代ですから、もっとあればいいのにという声も聞きますが、それでも大学の図書館で開架の書棚にこれだけ絵本を並べているところはそうは多くないでしょう。

 私も子ども時代から絵本は好きでしたが、次第に遠ざかり、江戸時代の絵本に目が向くようになって、近現代の絵本は遠くから眺めているような状態でした。現在担当している分野が近代以前日本児童文学ですから、授業で近現代の絵本を取り上げることは少ないのです。でも、先生方や学生さんたちからいろいろな絵本の話を聞いたり、見たりして、興味は尽きません。また、江戸時代の絵本との関連が見出される作品もあって、視野を広げ、アンテナを張っておきたいと思っています。

 先日、梅花の図書館で4冊の絵本を読みました。童心社から出版された『こぎつねキッコ』(1985年刊)、『こぎつねキッコ えんそくのまき』(1988年刊)、『こぎつねキッコ うんどうかいのまき』(1989年刊)、『こぎつねキッコ あめふりのまき』(1993年刊)です。いずれも、松野正子文、梶山俊夫絵です。

 あたたかく、楽しく、深く、しみじみとした、元気の出る、嬉しい絵本です。

 こども十人 せんせいひとり、
 おへやが ひとつの やまのようちえんの うらやまに、
 こぎつねキッコが かあさんと すんでいました。

 どの本も、ここから始まります。10人の子どもと1人の先生の幼稚園に憧れる子狐キッコが、母さん狐に見守られながら、少しずつ少しずつ新しい経験をしていきます。幼稚園の先生と子どもたちは姿の見えない山の狐の存在を感じ、自然に受け入れていきます。『こぎつねキッコ あめふりのまき』の最後のページ、ちいさい赤い傘をいつも傘立てに置いておくことにした子どもたちが歌います。

 「それに、そーれに、うらやまのオ だーれかさんも つかえるし」

 奥付のページに、たくさんの色様々の傘が傘立てに入っている絵が描かれています。そのまん中にちいさい赤い傘も一緒に入っています。

 息子が小さかった時、このこぎつねキッコを一緒に読みたかったなあ、と思いました。作者の松野正子さんは、長く児童文学科でお教え下さった先生です。すてきなすてきな先生です。 

花冷え 2006年03月29日(水)

 キャンパスの桜のつぼみが大きくふくらみ、先がほんのりと赤くなってきました。昨日は、開花直前の冷たい雨。氷の塊も混ざっていました。

 子どもの時の記憶は、ところどころ鮮明で、それが一つにまとまって物語になっていることがあります。幼稚園にも通っていなかったときだったかもしれません。東京の虎ノ門に祖父母の家がありました。当時住んでいた愛知県の春日井市から年に1、2回遊びに行きました。その頃、祖父母の家には内風呂はなく、近くの銭湯に行くのでした。銭湯は広い通りの向こう側です。車が行き交う大通りを祖母や叔母に連れられて渡るのです。行く前には必ずお手洗いに行って用を済ませてから行くんだよ、と言われました。通りを渡るのが一大事業でした。
 
 祖父は紳士服の仕立て屋でした。1階は店で、祖父や叔父が仕事をしていました。2階の奧には職人さんが仕事をしている部屋がありました。同じ2階に座敷があって、そこで祖母や叔母と一緒に寝ました。窓には、紳士服の裏地で作ったクリーム色のカーテンが掛かっていて、朝陽が差してくると部屋は明るい色に染まりました。窓の下からは「アサリー、シジミッ」と売り声が聞こえてくるのでした。

 今年度は「ALWAYS三丁目の夕日」という映画が大変話題になりました。つい先日、見る機会がありました。マンガ「三丁目の夕日」(西岸良平)の映画版です。東京タワーを建築中だった昭和33年の東京が舞台になっています。

 ちょうどその頃でした。祖母は私を背負って建築中の東京タワーを見に行ったそうです。残念ながらその記憶はありません。ただ、まずお手洗いに行ってから渡った広い通りのイメージ、朝陽に光るカーテン、「アサリー、シジミッ」の売り声は今でも残っています。

 それから三十数年経って、そのあたりを通りかかって驚きました。びっくりするほど小さな道でした。その周辺は、今や高いビルばかり。ビジネスマンが行き交う慌ただしい街。アサリとシジミを売りに来ていたなんて想像もできません。その中の小さな道が、私の記憶の中では、緊張して渡る大通りでした。

 祖母は時折、「ならなしとり」の話をしてくれました。気持ちがいいことを「心持ちがいい」と言い、「おとっさん」「おっかさん」と言う人でした。毎日着物を着ていて、プリンを作ってくれる人でした。祖母の名は「歌子」。私は「小歌さん」と呼ばれて、可愛がってもらいました。
 

原点の一冊 2006年03月28日(火)

 3月末、梅花女子大学図書館は静かでした。4階の南は児童文学のコーナーです。ここに来ると子ども時代の記憶がふつふつと湧いてきます。

 今日は、『少年少女世界文学全集47 日本編第3巻 八犬伝・東海道中膝栗毛・雨月物語』(講談社、昭和35年刊)を借りました。この本は、現在の私の出発点だったかもしれない、特別な本です。実家にはもちろんあるのですが、それはもうぼろぼろ。今日借りた図書館の本はずいぶんきれいです。

 私にはいとこが4人います。年上の2人は、私にとって姉と兄のような存在です。しょっちゅう行き来していたわけではありませんが、ある時読み終わった本をまとめてくれたことがありました。その中にこの本があったのです。

 繰り返し繰り返し読みました。江戸時代の小説『南総里見八犬伝』、『東海道中膝栗毛』、『雨月物語』、『西鶴諸国ばなし』、『本朝二十不孝』、『懐硯』、『武家義理物語』、『本朝桜陰比事』、人形浄瑠璃『国性爺合戦』、俳諧(芭蕉、蕪村、一茶)に最初に触れたのは、この本を読んだときでした。わかりやすく書かれた抜粋ですが、日本にこのような物語があったのだと、新鮮な驚きを感じたものでした。

 もし、この本に会っていなかったら、大学で近世文学ゼミには入らなかったでしょう。だから「ももんが」(ブログ「はじめまして」参照)にも出会わなかったと思います。大学院に行くことも、江戸時代の絵本にこだわり続けることもなかったでしょう。だから、梅花とのご縁もなかったはずです。この一冊が現在の私の原点だったといってもいいかもしれません。 

 ページをめくると、挿絵の一つ一つにも、文字の連なりにも懐かしさがにじみます。その本が梅花の図書館の書棚にごく自然に置かれていることの不思議さ。

 春の雨がまた窓ガラスにあたってきました。

パワフルたぬきくん 2006年03月26日(日)

 家の近くでよく行くいくつかの図書館には、どこにも子どものコーナーがあります。絵本も多いし、ぺったんと座って読み合う場所もできています。休日ともなれば、いろいろな親子や子どもたちが楽しんでいます。

 一番近くの図書館では、最近模様替えがありました。子どもたちが行き交う中で、昔話の絵本を探してみました。

 この間は『しちどぎつね』(岩崎京子文、二俣英五郎画、教育画劇、2003年刊)と『きんたろう』(さねとうあきら文、田島征三画、教育画劇、1996年刊)を借りて読みました。

 今度は『かちかちやま』(小澤俊夫再話、赤羽末吉画、福音館書店、1988年刊)、『かちかちやま』(松谷みよ子文、瀬川康男絵、ポプラ社、1967年刊)、『かちかちやま』』(松谷みよ子文、瀬川康男絵、フレーベル館、2002年刊)を借りました。

 前に読んだことはあるのですが、子どもたちと一緒に図書館で借りて読むと、なんだか楽しいのです。

 赤羽さんのたぬきは、どこか江戸時代のかちかちやま絵本のたぬきに似ています。小澤さんの文章にも口伝えの昔話だけではなく、江戸の絵本のにおいが感じられます。たぬきは悪さをしているのにどこか間が抜けていて、憎みきれないんです。

 ポプラ社の瀬川さんのたぬきは、表情豊かです。悪さをしながら失敗し続ける気持ちが顔や目によく表れています。松谷さんは昔話の内容を大切にしながら、残酷になりすぎないように配慮したそうです。松谷さんと瀬川さんとのもう一冊、フレーベル社の絵本はより芸術的で生き生きとしていてパワフルです。

 私は江戸時代中期のかちかちやま絵本、赤本『兎大手柄』が好きですが、現代のかちかちやま絵本のそれぞれの味わいにも魅了されます。

ねずみくんの花見 2006年03月25日(土)

 近くの図書館に本を返しがてら、花見をしました。桜通りには3月末から4月初めの桜祭りの支度をしている人々がいました。明るい陽ざしに誘われて、いつもよりたくさんの人々が歩いていました。まだ三分咲きという感じですが、ひょっとすると来週末には満開近くなるかもしれません。

 江戸時代の絵本に、『鼠花見(ねずみのはなみ)』(江戸時代中期、赤本)という作品があります。登場するのはねずみばかり。着物を着て擬人化されたねずみたちが、花見の行楽を楽しんでいる絵本です。梅、藤、桜の名所に、老若男女のねずみがくりだします。

 和歌を詠む風流なねずみもいれば、たばこで一服するねずみ、花より団子と酒やご馳走に夢中のねずみ、歌や踊りに興じるねずみ、わいわいがやがやにぎやかな春の花見風景です。

 このところ、いわむらかずおさんのねずみくんシリーズが大好きという話をよく聞きますが、その江戸版といったところかもしれません。しばらくはねずみくんたちと花見を楽しみましょう。

展覧会に行きたい 2006年03月24日(金)

 春めいてきました。木々の花の色がにぎやかです。あちこちで展覧会も目白押しです。あれにも行きたい、これにも行きたい、と思いつつ、なかなか思うとおりにはいきません。

 今日、JR茨木駅で 魅力的なチラシをもらいました。「大絵巻展」(4.22?6.4、京都国立博物館)のお知らせです。学生の頃だったと思いますが、東京国立博物館で大きな絵巻の展覧会を見て、感激した記憶があります。行きたいですねえ。

 日本のマンガやアニメーション、絵本のルーツは絵巻にあるとよく言われます。『十二世紀のアニメーション 国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの』(高畑勲著、徳間書店・スタジオジブリ・カンパニー、1999年3月刊)は、わかりやすく絵巻の魅力を説明してくれます。梅花の図書館にもありますが、これを読んで展覧会に行ったら、楽しさが倍加しそうです。

 なかなか行けない中で、先日おもしろい展覧会に行きました。「河合勝コレクション 日本のマジック・サーカス展」(3.10?27 山脇ギャラリー)です。江戸時代から昭和時代の手品や曲芸に関わる本や絵のコレクションが展示されていました。浮世絵や豆本など私の好物も並んでいました。目がきょろきょろしました。一番印象に残ったのは、コレクターが資料に対して並々ならぬ愛着を持っていることでした。並べ方やキャプションの付け方にこだわりがあって、興味深く見ました。特に本を開いて展示した横に表紙の写真を置いて、見えない部分を見せてくれるなんて、何でもないようですばらしい演出でした。

道を進む人に、おめでとう、そしてありがとう! 2006年03月18日(土)

 大学の正門から蛇行する坂道を下っていくと、バス停「道祖本」に着きます。このバス停の名前は「さいのもと」と読むこと、道祖神と関わりがあることを教えて下さったのは、かつて児童文学科で教鞭をとられていたK先生でした。

 私が梅花の卒業式を最初に体験した日だったと思います。昨日行われた2005年度の卒業式と同じく、澤山記念講堂の全学の卒業式の後、児童文学科の卒業式を行い、一人一人に卒業証書を手渡しました。そして、学科の専任教員などがはなむけの言葉を贈ったのですが、K先生はお話の中で道祖本に触れられました。

 道祖神は、道の分かれ目、辻に祭られ、その土地の人々や道行く人を守る神様です。

 江戸時代の絵入り本の一つに赤小本という種類があります。赤い小さな本ですが、その中に『初春のいわひ』という本があります。初春の行事が順に並べられているほとんど文章のない絵本ですが、終わりの方に「さいの神の所」というページがあります。

 幼い子を抱いたり、おぶったりした若いお母さんたちやいろいろな年齢の子どもたちが、道祖神(さいのかみ)の像をささげ持って行列を作って歩いているところです。家々を廻って初春のお祭りの寄付を受けているところといわれています。この絵本を見る度にK先生のお話と卒業式を思い出します。

 道と人を守る道祖神は、あちこちにいらっしゃるでしょう。梅花を巣立って、新たな道を進まれる方々のこれからの道にも見守って下さる方々がいらっしゃると思います。巣立ちに際して、心から「おめでとう」とお祝いいたします。そして、皆さんが在校中に私たちにさまざまな喜びや感動をくださったことに「ありがとう」と感謝いたします。これからの道に幸多かれと念じています。

はじめまして 2006年03月12日(日)

「ももんが」の理由

 はじめまして。児童文学科の加藤康子です。プログを書くのは初めてで、ちょっとドキドキしています。まずは、なぜ「ももんが」なのか、から始めようと思います。

 ももんがとはムササビのこと。夜行性のリス科の動物です。高い木に登り、四本の足を広げて滑空します。夜道を歩く人は、闇の中で突然後ろから襲いかかってくるように見えて怖かったのでしょう。ももんがは妖怪の一つと言われるようになりました。

 私は江戸時代の絵本に関心を持っていますが、その中にももんががよく出てくるのです、妖怪として。その中でも一番好きなのは『是は御ぞんじのばけ物にて御座候』という絵本です。題名も中身も魅力的なんです。この作品に出会ったのは大学4年の時で、初めて学会発表をしたのはこの作品についてでした。私にとってこの作品は特別思い入れのあるものなんです。その主人公が、ももんが。それ以来、勝手に私は自分のあだ名を「ももんが」にしてしまいました。

 『是は御ぞんじのばけ物にて御座候』のももんがは、新勢力の化物です。急に子どもたちの人気者になってきました。昔から化物の親玉だった見越入道はこれが気に入りません。仲間を集めてももんが一派と戦うことになりました。これがこの絵本の内容です。ももんがは最後に登場。これがクールなとっつきにくい雰囲気なんです。見越入道の方が感情もよくわかる人間味(?)あふれる存在です。でも、この絵本にはももんががいなければだめなんです。それだけ存在感があるももんがに私はこだわってきました。

 「ももんが」の理由をお話ししたところで、今日はこれまでどんどんどん。

近日公開予定 2006年03月09日(木)

もうしばらくお待ちください。